ベントリーは「共同正犯」として警察官殺害の罪に問われ、有罪となった。よく知られているのは、警察官が銃を渡すよう求めた際、ベントリーが 「Let him have it, Chris」と発言したとされることだ。
検察は、これは「撃て」という指示だったと主張したが、その表現は非常に曖昧だ(おそらく翻訳するのも難しいだろう)。表面的には、「銃を警察官に渡せ」という意味だった可能性のほうが高い。
さらに事態をややこしくしたのは、クレイグもベントリーも、そんな言葉が出たこと自体を否定したことだ。だから奇妙なのだ。生き残った警察官が、同僚の死に最大限の報復をするためにその言葉を捏造したのなら、もっと決定的に不利な表現を使ったはずだからだ(「Do him, Chris!(やれ、クリス!)」など)。
陪審はベントリーに寛大な判決を求めたが、何の効果もなかった。一般市民は判決に動揺し、多くの人が内相に手紙を書いた。それでも彼は1953年に死刑執行された。
ベントリーの死刑は、見せしめだったと広く受け止められた。警察官を殺せば必ず最も重い刑罰を受けること、そして犯罪の際、未成年の少年に武器を持たせれば責任を免れられるなどと考えるな、というメッセージだったのだ。
僕の学生時代以降に、エバンスも(1990年代に)ベントリーも(2000年代に)、それぞれ死後恩赦を与えられたが、僕はそれが法的になぜ、どのように実施され、どの程度のものなのかを簡潔に説明することはできない。
かなり専門的な話であり、どちらの事件でも一度の手続きで全てが決まったわけではない。だが起こった出来事が間違いだったという結論は明白だ。