医学誌ランセットの調査によれば、こうして世界で失われる労働時間は年々増えており、とりわけ屋外で働く人を直撃している。熱波は、もともと不利な立場の層をさらに追い込み、社会の不満と亀裂を深める。
移民をめぐる対立と、広がる格差。いずれも情報操作が最も好む土壌である。熱波が悪化するほど、この土壌は肥える。
異常気象が生む陰謀論と、その国家利用
気候変動は、分断の土壌を整えるだけではない。熱波や豪雨、山火事といった異常気象それ自体が、陰謀論の引き金になる。
2024年10月29日、スペイン東部バレンシアを襲った集中豪雨(現地でDANAと呼ばれる寒冷渦による大雨)は、約238人の命を奪った。
その直後から、洪水は人為的に起こされたとする主張が広がった。米国の研究施設HAARP(アラスカにある電離層の観測施設)による気象兵器説、ダムの取り壊しや放流をめぐる陰謀説、航空機がまく化学物質だとする「ケムトレイル」説などである。
スペインの主要なファクトチェック機関マルディータは、この災害をめぐって流布した多数の偽情報を検証した。いずれも科学的根拠を欠くと確認されている。同じ構図は、2023年8月8日に起きたハワイ・マウイ島の山火事でも見られた。
「指向性エネルギー兵器」による攻撃だとする説が拡散し、米国のファクトチェック機関ポリティファクトは「誤り」と判定した。証拠とされた画像は、無関係な別の事故の映像の使い回しだった。山火事をめぐっては、責任を移民に転嫁する主張も現れる。
2023年夏にEU域内で当時最大規模の山火事に見舞われたギリシャでは、火災は移民の放火によるものだとする主張が政府高官からも出たが、検察は放火を裏づける重大な証拠はないとして、拘束した移民への容疑の取り下げを求めた。
こうした主張は、実在する技術への無理解につけ込む。科学的検証を行うサイエンス・フィードバックによれば、HAARPの送信出力は最大でも3.6メガワットにすぎず、ハリケーンが生み出す力(150万メガワットに相当するとされる)とは桁が違う。
気象を意のままに操る「気象兵器」は存在しない。それでも、生活に必要な機能へ徒歩や自転車で15分以内に届く街を目指す都市計画の構想「15分都市」は、政府が気候変動を口実に人々の移動を制限し生活を管理する「気候ロックダウン」の陰謀だと歪められた。
その主張は2022年末から欧州各地に広がり、英国オックスフォードでは計画に携わる当局者に殺害予告が届いた。欧州デジタルメディア観測所(EDMO)は、気候をめぐる偽情報が恒常的に検出され、熱波などの異常気象時にピークを迎えると報告している。
異常気象が起きるたびに、情報操作の材料が供給される。
戦略対話研究所(ISD)が主導する団体連合の分析では、2021年の国連気候変動会議(COP26)の期間中、SNSのフェイスブック上で気候対策に懐疑的なコンテンツが、権威ある情報源の12倍の反応を集めた。誤った情報の方が、正確な情報より速く広く伝わりやすい。
そして、この材料は国家主体に利用される。こうした陰謀論や否定論の多くは、外国が一から作り出すというより、社会の内側から自然に生じる。