まばゆいほどに晴れた2024年7月5日の朝、英労働党のキア・スターマー党首は前日の総選挙での圧勝を受けて、首相官邸の扉をくぐった。それから2年もたたない今年6月22日、同じく晴れた朝に彼は官邸前で首相辞任を表明した。なぜこうなったのか。

【動画】スターマーが辞任した理由とは?

悲哀をにじませながらも堂々とした辞任演説が驚きを誘ったのは、スターマー自身が語ったように、彼の率いる労働党政権が着実に実績を積み上げていたからだ。

最低賃金は引き上げられ、労働者の権利は拡大した。国民保健サービス(NHS)の待機日数は短くなり、50万人の子供が貧困から脱け出しつつある。困難な時期ながら経済は成長を遂げ、論争の的だった移民の数も減った。

支持者にとってスターマーは、派手さはないが実直で、国益を重んじる真摯な政治家だった。だが選挙区を回る労働党議員は、スターマーに対する一部有権者の反感が理屈を超えた強さを帯びていることに気付いた。変革を唱えた就任時の公約を実現していないという不満も噴出し、支持率は急落した。

歴代の首相も逆風にさらされたことはある。マーガレット・サッチャーも、1980〜81年には極めて不人気だった。だがその後、2度の総選挙で勝利を収めた。

しかし、当時と今とでは事情が違う。スターマーが辞任を決断せざるを得なかった理由は、そこにある。

そもそも、この政権は高い支持を集めたことがない。総選挙に勝てたのは、与党だった保守党への不満が非常に強かったためだ。勝利した24年の総選挙は投票率が歴史的な低水準で、労働党の得票率は33.7%にすぎなかった。

スターマー政権は国の未来について説得力あるビジョンを打ち出せず、迷走しているように映った。サッチャーやトニー・ブレアのように、政治哲学を国民に印象付けることもできなかった。スターマー自身も「スターマー主義などというものはない。今後もあり得ない」と語っていた。

真面目な政治手法を取っていたが、その姿勢は実務派のテクノクラートを思わせた。理念や信念を語ることには、ほとんど関心を示さなかった。

右派(ナイジェル・ファラージ率いるリフォームUK)や、左派(ザック・ポランスキーの緑の党)のポピュリズム勢力が有権者の感情に強く訴えるのとは対照的に、時代にそぐわない面が目立ってきた。政治の潮流は中道から離れつつあったが、スターマーは中道路線を掲げ続けた。

政権は発足当初からつまずいた。政権のイメージを損ねたのは、年金受給者への冬季暖房費補助を削減した政策だ。膨らみ続ける社会保障費にも大なたを振るったが、いずれの政策も有権者から猛反発を受け、あえなく撤回した。

追い打ちをかけたのが、ピーター・マンデルソンの駐米大使任命だ。性的人身売買で起訴され、拘置施設で死亡した米富豪ジェフリー・エプスタインに関する「エプスタイン文書」でマンデルソンの関与が注目されると、スターマーは任命責任を問われた。誠実と高潔を売りにした政治家としての評価も失墜した。

だが有権者にとって最大の関心事は、生活費だった。政府は最低賃金の引き上げや労働者の権利拡充を通じて、働く貧困層の支援に取り組んできたが、多くの有権者は変化を実感できずにいた。

これが今年5月に行われたイングランドの地方選の結果にも表れた。労働党の得票率は17%にとどまったが、リフォームUKは26%の票を獲得。さらに労働党はウェールズで初めて議会第1党の座を失い、同党のエルネド・モーガン自治政府首相が落選するという大敗を喫した。

リフォームUKの地方選での躍進を喜ぶファラージ(5月8日)
リフォームUKの地方選での躍進を喜ぶファラージ(5月8日) JACK TAYLOR-REUTERS

リフォームUKの政権が誕生する可能性は労働党議員らの危機感をあおり、これがスターマーの足元を崩す決定打となった。リフォームUKが勢いを増すイングランド北西部メーカーフィールド選挙区で6月18日に行われた下院補選では、労働党のアンディ・バーナムが勝利。彼なら再び有権者を労働党に引き寄せられるという期待を抱かせた。

労働党政権は、右派色の強いイギリスのメディア環境がつくり出す分断の影響も受けている。メディアは人々の不満や疎外感をあおり、庶民感覚を忘れたエリート層や、移民への反発を増幅させがちだ。

スターマーは国民にさまざまな問題を多面的に捉えてもらうことで、熟慮された解決策が生まれることを望んでいたようだ。だが、そのような世界は、もう失われつつあるのかもしれない。有権者は、政治が即座に変化をもたらすことを求めるようになった。

多くの国民は、雇用や医療分野でのスターマー政権の取り組みを知らないようだ。犯罪や移民は実際には減っているのに、増えていると思っている人もいる。このポピュリズムの時代に、スターマーの実務重視のアプローチは苦戦する運命にあった。

歴史はスターマーをどう評価するのか。それは今後の展開で大きく変わるだろう。

労働党が政権にとどまりながら再生を果たせたなら、スターマーは労働党を再び統治能力のある党へと再建し、国内外の複雑な課題に真正面から取り組んだと評価されるだろう。彼は国際舞台では、国内よりもうまくやってきた。ウクライナ支援の立場を崩さず、パレスチナ国家を承認し、トランプのイラン戦争にイギリスを巻き込ませなかった。

だが次の総選挙でリフォームUKが勝てば、彼はファラージ政権誕生への道を開いた人物として記憶されるだろう。

とはいえ、辞任演説から浮かび上がったのは、国民に真摯に尽くし公共の利益を高めようと努めた誠実な指導者像だ。スターマーは、イギリスを立て直すには10年かかると語ってきた。彼の悲劇は、与えられた時間が2年しかなかったことだ。

The Conversation

Rohan McWilliam, Professor of Modern British History, Anglia Ruskin University

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.

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