・朝、周囲よりも早く起きてしまうと、他の子どもがちゃんと眠れないから早起きは禁止

・子どもたちが脱走しないように、窓が5センチ程度までしか開かない

・子どもたちが裸足でも靴でもなく靴下を履いて過ごす一方、職員は全員スニーカー。理由は、逃げ出しにくいようにしつつ、逃げても捕まえやすいように

・性関連のトラブルを避けるため男子と女子の交流は禁止

・食事中の私語が禁止されているため、食事のスピードが速くなる

・荒れてしまうことがあるため、一定数の子どもに精神安定剤を飲ませている

これらはほんの一部の例だが、文字を目で追っているだけでも身につまされるような話である。子どもたちの様子を眺めながら著者は、刑務所内の人間関係を描いた映画『ショーシャンクの空に』を思い出したというが、なんとなく理解できる気もする。


 教育と養育は子どもの成長における両輪であり、両者がバランスよく存在してこそ、人は本当の意味で成長をします。しかし、抑圧的な一時保護所では、生活のすべてが規律によってコントロールされており、教育はあっても養育の観点は感じられません。そこでは子どもが心から安心を感じることはできないのではないかと思います。(91ページより)

しかし、ここで誤解すべきでないのは、職員たちが決して憎しみなどの感情から子どもたちを縛り付けているわけではないということである。実際、強い規律を課すことには理由があるのだという。

まずは、さまざまな罪を犯した子、虐待を受けて心に傷を抱えた子、発達障害のある子などを1カ所に集めているだけに、「子どもたちを従順にさせる以外に方法がない」ということ。第2の理由は、職員数の少なさ。そして第3が、そもそも職員が子どもの状況について想像力を持っていない場合が多いということだそうだ。


「私であっても、携帯電話を取り上げられて、閉じ込められた場所で生活していると、一週間で気が狂うと思う。しかも、こういうところに来る子どもは、そもそも様々な意味で『不健康』な子どもなのに。
 いくら私たちが必死にやっても、子どもたちが『ここは牢屋だ』と思うのはどうしようもない。子どもたちはカゴの鳥のような心境だろう。先日も二カ月以上ここにいる女の子が、『私がここに"連れてこられてから"、もう二カ月になる』とこぼしていて、心が痛かった。一時保護期間は、短くあるべきだ」。(96ページより)

ところで一時保護された子どもたちは、その後どうなるのだろうか? 著者によれば、半分強は家庭に戻り、一部の子どもはそのまま病院に移ることも。そして残る約4割の子どもが社会的養護に入ることになるのだそうだ。

【参考記事】子どもへの愛情を口にしながら、わが子を殺す親たち

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