桐野夏生『OUT(OUT)』
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よく知られるように、『OUT』の主人公は深夜の東京郊外の弁当工場でベルトコンベヤーの作業ラインを前に分業に従事する女性たち。彼女たちが、ふとしたことから「最後の一線を越える」──つまり殺人から殺人へと次々に手を染めていくのを重視したスナイダーの訳文は、そうした「流れ作業」をthe lineと訳すとともに、殺人を意味する「一線を越える」行為をcross over the lineと表現する。

原著者の日本語原文ではこのアナロジーはとりたてて強調されていないものの、原著者の意図を一層増幅する戦略であるのは疑いない。英訳だからこそ可能になった秀逸な創造的翻訳なのだ。そのぶん英語圏読者は英語小説としての豊饒な読書を約束されたわけで、それによって桐野作品が、同様に連続殺人を扱うパール作品に影響したのかもしれないと思うと痛快ではないか。

今や影響関係は日本側の受容一直線ではない。米小説家カート・ヴォネガットの影響を受けた村上春樹の『ねじまき鳥クロニクル』(94〜95年)のジェイ・ルービンによる英訳(97年)が、息子世代の若手イギリス作家スティーヴン・ホール(75年生まれ)の長編小説『ロールシャッハの鮫』(原著07年、邦訳・角川書店)へ影響を与えるという双方向的作用が、今日のグローバル文学を成立させているのだから。

1989年という分岐点
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