振り返ってみれば、村上春樹の初期3部作の掉尾を飾る『羊をめぐる冒険』(原著82年)のアルフレッド・バーンバウムによる英訳が出て国際的評価を得たのも、89年のことである。そして、当時の英訳者は、現代日本文学を英語圏文学市場にのせることを意識するあまり、英米文学の約束事に倣い、創造的改変を試みる傾向があった。

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バーンバウムが言うように「英語圏読者をして、いかにも翻訳を読んでいるという気にさせない」ことが最優先だったのである。まずは日本文学に「英語文学」としての市場価値を持たせねばならなかったのだ。

バーンバウムが村上春樹のヴォネガット的文体を誇張したように、シャイナーの荒巻訳が究極目的としたのも、日本小説の英訳というよりは、アメリカ的受容が保証される最先端サイバーパンク風文体空間へ落とし込むこと、すなわちアメリカ市場における文学商品化を施すことにほかならない。

このあたり、20世紀末の現代日本文学ブームにおいて、初期の英訳者が示したそれぞれ異なるさじ加減については、青山南が90年代初頭より盛り上がり始めた日本文学英訳の品質を真っ向から批評し、英訳者の功罪を列挙した『英語になったニッポン小説』の分析が参考になるだろう。

21世紀に優秀な翻訳者が急増
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