何を象徴する大会になるのか。日本人のアイデンティティーだとしたらどうだろう。2021年東京五輪で世界に訴えたいアイデンティティーは?

一昔前ならニッポンは世界一のサービスを誇り、テクノロジーの国として知られていた。意外に知られていないのはこの国の想像力の豊かさだ。2年前にパリで開催された文化イベント「ジャポニスム」では、古典から現代までの美術作品の展示やファッション、建築などを通じてアピールできたが、2021年7月の五輪開会式でも、日本人のクリエーティビティーを全世界に見せつけなければならない。宮崎駿や村上隆がそのショーを監修しないのは残念だが、総合演出を担当する野村萬斎、山崎貴、佐々木宏の3氏には壮大なスペクタクルを考えてもらいたい。

五輪が日本にもたらすレガシーは、ダイバーシティでも経済の奇跡でもないはずだ。原点である古代ギリシャのオリンピックがギリシャ文明にもたらしたのは、都市国家の連帯だった。アテネと地方都市、植民都市が信頼し合うきっかけだった。ポストコロナの五輪が、政治家と国民との本格的な対話を促進させ、日本の民主主義が進化したとなれば、立派なレガシーになるだろう。

<2020年5月5日/12日号「ポストコロナを生き抜く 日本への提言」特集より>

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2020年5月5日/12日号(4月28日発売)は「ポストコロナを生き抜く 日本への提言」特集。パックン、ロバート キャンベル、アレックス・カー、リチャード・クー、フローラン・ダバディら14人の外国人識者が示す、コロナ禍で見えてきた日本の長所と短所、進むべき道。
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五輪の「レガシー」という言葉が度々話題になってきた。何のための五輪なのか。何をもたらす大会なのか。1964年の東京五輪のように、五輪が街の形を変え、都市計画に拍車を掛ける時代は終わった。そのモデルに基づいた最後の五輪はおそらく1992年のバルセロナだ。以降はずっと、大企業や政府などごく少数にしか利益をもたらしていない。