2014年には全中央省庁や地方事態、国営企業などの戦時体制を定めた「国防計画」と呼ばれるマニュアルが策定され、これに合わせてロシア国内での大規模軍事作戦を想定した「領域防衛」シナリオが大規模軍事演習に盛り込まれるようになっている。実際、国家親衛軍の設立を命じる大統領令には国家親衛軍の任務として「領域防衛」への関与及び国境警備の支援が盛り込まれており、北カフカスなどの地域でイスラム過激主義勢力の浸透を防ぐことやこれらを掃討することが想定されているものと思われる。
さらに、2014年に改訂された「軍事ドクトリン」や2015年改訂の「国家安全保障戦略」では、外国の情報機関等が反政府運動や過激主義勢力を扇動してロシアの体制転覆を目論む「カラー革命」型の事態(2014年のウクライナ政変もそのような事態とロシア側は位置付けている)が軍事的な危険として強調されている。ロシア側の見方に従えば、ここで述べた第二、第三の事態も「カラー革命」の火種となりかねず、したがって強力な国内治安部隊が必要であるということになろう。
準軍事組織を巡る権力闘争
もっとも、多くの識者が指摘するように、国内軍とOMONの協力による反政府デモの鎮圧にせよ、国内軍によるイスラム過激主義者の掃討にせよ、これまでも国内軍が行ってきた任務であり、深刻な問題が発生しているわけではない。また、プーチン大統領の支持率が低下しているとは言っても依然として同氏が身辺の不安を覚えるようなレベルに至っているとも考え難い。
これについてロシアの情報機関に詳しいソルダートフは、ゾロトフ国内軍総司令官が内務省から独立して自らの権力基盤を欲しているのだと指摘しているが(BBCロシア語版4月7日付)、このような情報・治安機関内の権力闘争という側面も第四の背景として考えられよう。
ゾロトフ国内軍総司令官はもともと内務省の出身ではなく、ソ連国家保安委員会(KGB)で要人警護などを担当していた第9総局のボディガード要員であった。1991年8月のモスクワ・クーデターの際には、戦車の上で演説するエリツィン大統領の隣で身辺警護に当たっている写真が残っている。
ソ連崩壊後はプーチン大統領の恩師でサンクトペテルブルグ市長を務めていたサプチャク氏のボディガードとなったが、ここで当時の副市長であったプーチン氏の知己を得て、ボクシングや柔道の相手を務めるようになったとされる。2000年にプーチン政権が成立すると、ゾロトフ氏は第9総局の流れを汲む連邦警護局(FSO)の大統領警護責任者に抜擢され、後に同局長に就任した。それが一転して国内軍総司令官となったのは2013年とごく最近のことである(これは事実上の降格人事であったと言われる)。そのゾロトフ氏が国家親衛軍総司令官として政治的地位を高めたことが何を意味するのかが今後の注目点となろう。