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キーウ近郊イバンキフ村の介護施設に寄贈された日本の車いす(筆者撮影)

「成人人口は2万2000人で、半数が年金受給者。その年金受給者の3分の1が障害を抱えています。チョルノービリ原発事故で骨にストロンチウムやセシウムが蓄積され、多くの人が筋骨格系の病気に苦しんでいます。さらに昨年2月の侵攻で私たちは36日間、ロシア軍の占領下に置かれました。家屋が破壊され、多くの犠牲を出しました」

「ロシアとの戦争が起きるとは思いもしなかった」

「まったくウクライナとロシアの間で戦争という悪夢のような展開になるとは思ってもみませんでした。プーチンの『V(ウラジーミルの頭文字)』がペイントされたロシア軍の武装車両が村にやってきて、目を疑うような光景が繰り広げられました。近所の通りで戦闘が始まり、父子が射殺されたと聞きました。本当の戦争なんだと痛感しました」(ネステレンコ所長)

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イバンキフ村の社会サービス地域センターのナタリア・ネステレンコ所長(筆者撮影)

36日間のうち28日間は電気、水、暖房が使えなかった。薪ではなく、ガスが使えた人はマシだった。3月6日以降、多くの破壊が行われ、電話もかけられなくなった。郊外では激しい戦闘が繰り広げられ、完全に破壊された村もあった。81の集落のうち46の集落が被害を受け、占領中に銃撃や爆撃、空襲で49人が殺され、46人が負傷した。

機能していたのはパン屋と病院だけだった。病院では負傷者や住民を治療し、24人の赤ん坊が誕生した。ロシア兵に銃を突きつけられて手術を行った医師は「俺たちが手術台で死んだら、お前たちは皆殺しだ」と脅された。住民たちは日常生活を送るため白旗の代わりに白いシートを車に巻きつけて検問所を通り抜け、食料品や飲料水を調達した。

午後8時になると、ロシア軍は空に向けて大砲を撃ちまくった。ロシア兵は「怖いだろ。大砲を撃っているんだ」と住民を脅した。死体を積んだトラックが走り、首や腕や足が見えたと住民たちは震え上がった。チェチェン共和国の「狂犬」ラムザン・カディロフ首長が村の小学校の地下で指揮をとっていることもカディロフ自身のSNSの投稿で分かった。

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イバンキフ村に侵攻してきたロシア軍の武装車両(介護施設責任者ミハイル・ベレノク氏提供)

悲劇や戦争は社会を結晶化させる

2500軒以上の住宅が損壊し、480軒は完全に破壊された。161軒は支持構造が損傷したため、大規模な修理が必要だ。11基の橋が破壊され、25の文化施設、15の教育機関、5の医療機関が被害を受けた。3つの学校も深刻な被害を受けた。イバンキフ村から避難したのは600人程度で、それ以外はみんな残った。ロシア軍がすぐに来たので逃げられなかったのだ。

「すべての人が新鮮な空気を吸えるよう、車いすが必要」
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