コラム

テロもフェイクニュースも影響が限られたフランス大統領選

2017年05月10日(水)16時30分

Pascal Rossignol-REUTERS

<フランス大統領選では、テロ、ハッキング、フェイクニュースは大きな影響を与えなかったと言えそうだ。その理由を考える>

5月7日に行われたフランス大統領選挙第二回投票で、エマニュエル・マクロン候補が66.06%、マリーヌ・ルペン候補が33.94%の得票で、マクロンが勝利し、第五共和制の下で八代目となる大統領になることが確定した。すでに同僚の遠藤乾氏吉田徹氏をはじめ、多くの論評がなされているが(選挙分析としてはFinancial Timesの記事が興味深かった)、最大の懸念であったルペン候補が大差で敗れたことで、フランスの右傾化を心配する多くの人がホッと胸をなで下ろすことになった。しかし、今回の大統領選の勝利は、マクロンが勝利したことで全てよしと言い切れない選挙であったと考えている。

最大の衝撃は何も衝撃的なことがなかったこと

今回の大統領選挙で最も衝撃的だと思ったのは、おおむね事前の選挙予測と変わらない結果となった点である。これまでアメリカの大統領選、イギリスのEU離脱国民投票では事前の予測を覆す形でトランプ大統領が勝利し、EU離脱派が勝利した。しかし、今回はマクロン、ルペン両候補が決選投票に進み、予想よりはマクロン候補が多く票を獲得したとはいえ、その勝利は予測通りであった。

しかし、トランプ大統領が4月末に起こったパリでの警官銃撃テロを指して「パリでまたテロが起こった。フランスの人々はもう耐えられない。これは大統領選に大きく影響する!」とツイートしたように、大統領選の直前に起こったテロは、移民排斥を通じてフランスの安全を守ると主張するルペン候補に有利になる状況のように思えた。しかし、実際の投票行動を見る限り、テロ事件は大きな争点にはならず、それがルペン候補への支持を押し上げたとは言えない状況であった。

また、アメリカの大統領選ではロシアによる民主党全国委員会のサーバへのハッキングが大きく取りざたされ、ロシアの選挙介入が問題となったが、今回、ルペン候補が選挙前にプーチン大統領と面会し、米大統領選のハッキングにも関与した企業がマクロン候補のメールをハッキングし、それが第二回投票直前に公表されたことから、ロシアの介入が選挙結果を揺るがすのではないかと見られていた。しかし、世論調査の推移からみて、これらのロシアの介入やマクロン候補のメール公開(しかもその中には捏造されたものも含まれていた)が大きな影響を与えたとは言えない状況であった。

プロフィール

鈴木一人

北海道大学公共政策大学院教授。長野県生まれ。英サセックス大学ヨーロッパ研究所博士課程修了。筑波大大学院准教授などを経て2008年、北海道大学公共政策大学院准教授に。2011年から教授。2012年米プリンストン大学客員研究員、2013年から15年には国連安保理イラン制裁専門家パネルの委員を務めた。『宇宙開発と国際政治』(岩波書店、2011年。サントリー学芸賞)、『EUの規制力』(共編者、日本経済評論社、2012年)『技術・環境・エネルギーの連動リスク』(編者、岩波書店、2015年)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

日経平均は続伸で寄り付く、米国の株高とハイテク好決

ビジネス

マイクロソフト、トランプ政権と争う法律事務所に変更

ワールド

全米でトランプ政権への抗議デモ、移民政策や富裕層優

ビジネス

再送-〔アングル〕日銀、柔軟な政策対応の局面 米関
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 5
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 6
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 7
    日々、「幸せを実感する」生活は、実はこんなに簡単…
  • 8
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 9
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 10
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story