最新記事

映画

戦争映画の概念を変えた『ダンケルク』

2017年9月8日(金)15時15分
ノア・バーラッキー

dunkirk02.jpg

©2017 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. ALL RIGHTS RESERVED

この映画にも派手な爆撃シーンはあるが、ノーランが描くのは戦時下の人間の無力さだ。例えば、ようやく救出船に乗り込んだ兵士たちが船内への浸水に気付いてパニックになる場面。そこでは兵士たちはただの犠牲者でしかない。

犠牲者の側に置かれた彼らはもはや民間人と区別がつかない。兵士と民間人を明確に分けるのがハリウッドの常識だから、この点でも『ダンケルク』は戦争映画の定石破りだ。

兵士と民間人の2分法が極端な形で表れたのがシルベスター・スタローン主演の『ランボー』だ。深いトラウマを抱えたベトナム帰還兵が自分をバカにする民間人に怒り、たった1人で戦友たちの弔い合戦をする。

あるいは、湾岸戦争後のイラクを舞台にしたデービッド・O・ラッセル監督の『スリー・キングス』。はみだし者の米兵たちが、奪った金塊を差し出してイラクの民間人を救ったことで一躍ヒーローとなる。

『フルメタル・ジャケット』でも、前半では軟弱な民間人だった若者たちが鬼教官に徹底的にしごかれ、後半では殺戮マシン並みの兵士として登場する。

こうした映画では「男の子」は戦争を経験して「一人前の男」に成長する。戦闘に加わる兵士が主役で、民間人はその他大勢にすぎない。

『ダンケルク』はこの構図をひっくり返す。この映画に登場する最も勇敢な人物は民間人のミスター・ドーソン(マーク・ライランス)だろう。彼は兵士たちを助けようと自分の船でダンケルクに向かう。

途中、海上で救出した兵士(キリアン・マーフィー)は戦闘のショックでろくに口も聞けないありさまだ。彼は船がダンケルクに向かうと知るとイヤだと暴れ出し、ドーソンと共に救援に向かう17歳の若者に致命傷を負わせる。ここでは精神的にタフなのは民間人で、兵士は臆病者だ。

【参考記事】中国版『ランボー』は(ある意味)本家を超えた

おじけづき逃げ惑う兵士

ほかの兵士たちも自分だけが助かろうと姑息な手段を使ったり、避難場所のわずかなスペースを奪い合ったりする。これでは輝かしいヒーローどころか、情けない卑怯者だ。

とはいえ例外はある。イギリス軍の戦闘機パイロットが戦友たちの逃げ惑う海岸の上空で見せる果敢な離れ業は、典型的な戦争映画のそれだ。それに兵士たちの惨めさや弱さを描いているからといって、戦争を批判する意図があるかといえば、それは全くない。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

ブラックロック、AI投資で米長期国債に弱気 日本国

ビジネス

OECD、今年の主要国成長見通し上方修正 AI投資

ビジネス

ユーロ圏消費者物価、11月は前年比+2.2%加速 

ワールド

インドのロシア産石油輸入、減少は短期間にとどまる可
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    大気質指数200超え!テヘランのスモッグは「殺人レベル」、最悪の環境危機の原因とは?
  • 2
    「世界一幸せな国」フィンランドの今...ノキアの携帯終了、戦争で観光業打撃、福祉費用が削減へ
  • 3
    トランプ支持率がさらに低迷、保守地盤でも民主党が猛追
  • 4
    【クイズ】1位は北海道で圧倒的...日本で2番目に「カ…
  • 5
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 6
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 7
    若者から中高年まで ── 韓国を襲う「自殺の連鎖」が止…
  • 8
    海底ケーブルを守れ──NATOが導入する新型水中ドロー…
  • 9
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 10
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 3
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 4
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体…
  • 5
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 6
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 7
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 8
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 9
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 10
    子どもより高齢者を優遇する政府...世代間格差は5倍…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中