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日雇労働者の街・あいりん地区に見る貧困問題の希望

2017年6月21日(水)15時07分
印南敦史(作家、書評家)


あいりん地区は重層的な下請け構造の最末端を担う。このシステムは、下に行けば行くほど、雇用の不安定性が高まる仕組みとなっている。そのため、好景気のときには、寄せ場に比較的多くの求人が集まるが、不景気になると、その影響を強く受け、求人が集まりにくくなる。
 つまり、寄せ場の労働力は景気の調整弁として活用されやすいのだ。これまでも、あいりん地区は好況・不況の影響を強く受けてきたが、バブル崩壊後の長期不況は、過去にないほど深刻な事態を生んだ。(54~55ページより)

かくして労働者の失業問題が深刻化し、その結果として多くの野宿者(ホームレス)を生み出すことになる。また、その一方で高齢化問題にも拍車がかかる。そんななかで注目すべきは、当時の大阪市長だった橋下徹氏が事態を改善すべく2012年に提示した「西成特区構想」だ。


 橋下は大阪市長就任から間もない二〇一二年の一月、高齢化率と生活保護受給率が著しく高い西成区を改革するための「西成特区構想」計画を提示した。(中略)そもそも西成特区構想とはどのようなプロジェクトなのだろうか。プロジェクト名に「西成」とついているが、改革の具体案の大半は、あいりん地区に関するものだ。(中略)すなわち、西成特区構想は、衛生、環境、治安、経済、福祉、教育など、さまざまな領域で課題が山積しているあいりん地区のあり方を抜本的に見直すことで、西成区の活性化、さらには大阪市の活性化につなげていこうとする大規模な都市再生のプロジェクトだと言えよう。(166~167ページより)

著者は西成特区構想について、衰退が著しいあいりん地区に大変革をもたらす動きとなっていることを認めている。賛否両論あるものの、さまざまな討議の内容が公開されることによって利害関係者の言い分が可視化され、妥協点・合意点を見出してきたことは大きな成果だというのである。

また、その根底に、過去10年以上にわたるまちづくりの取り組みがあったことを高く評価している。その「助走期間」がなければ、西成特区構想における討議そのものが成立しなかった可能性があるというのだ。


強調したいことは、貧困の地域集中が社会資源を創出し、多層的なセーフティネットを作り上げてきた事実だ。あいりん地区では、組織ごとにばらばらに活動を展開することが多く見られたが、深刻な事態に直面するなかで、近年は立場を超えた協働も積極的に進んでいる。その際、必要に応じて新たな社会資源を作り出したり、対立を恐れず議論を尽くして合意点を見出したりと、創造的な取り組みが重ねられてきた。こうした側面は他の地域にとっても学ぶべきところが多い。なぜなら、貧困や社会的排除の問題は、どんどん拡散・遍在しているにもかかわらず、各々の地域にその備えが十分にないからである。(201~202ページより)

【参考記事】貧困層の健康問題から目をそむける日本

重要なポイントのひとつがこの部分だ。本書が克明に指摘しているように、あいりん地区には当然のことながら、まだまだ未解決の問題が山積している。しかし、かの地の人々のこれまでの取り組み、あるいは明日からの動きが、他の貧困地域を救うためのケーススタディとなる可能性があるということだ。

日本の将来ときちんと対峙するという意味において、本書は多くの人々に読まれるべきだと感じる。

【参考記事】人間臭さを感じさせる、ディープ大阪の決定的瞬間


『貧困と地域――
 あいりん地区から見る高齢化と孤立死』
 白波瀬達也 著
 中公新書

[筆者]
印南敦史
1962年生まれ。東京都出身。作家、書評家。広告代理店勤務時代にライターとして活動開始。現在は他に、「ライフハッカー[日本版]」「WANI BOOKOUT」などで連載を持つほか、「ダヴィンチ」「THE 21」などにも寄稿。新刊『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)をはじめ、『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)など著作多数。

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