最新記事

インタビュー

難民を敵視するトランプ時代を、亡命チベット人はどう見ているか

2017年2月24日(金)15時32分
高口康太(ジャーナリスト、翻訳家)

センゲ大臣の演説を聴くチベット仏教の僧侶たち(2013年) Adnan Abidi-REUTERS

<ポピュリズムとナショナリズムの時代になっても、政治的リベラリズムは後退しないと、ダライ・ラマ14世の後継者、チベット亡命政府のロブサン・センゲ首席大臣。単独インタビュー後編>

※センゲ大臣インタビュー・前編:難民社会の成功モデル? チベット亡命政府トップ単独インタビュー

来日中の中央チベット政権(チベット亡命政府)のロブサン・センゲ首席大臣インタビュー。前編では、民主主義こそが亡命チベット人社会の組織運営を成功させる鍵だと聞いた。

この後編では、亡命者と難民を率いるリーダーである立場から、ポピュリズムの台頭や自国優先主義などに代表される「民主主義の危機」について見解を聞く。

◇ ◇ ◇

センゲ大臣:
「憂慮すべき事態ではあります。しかし、もう少し深く分析してみると、ポピュリズムやナショナリズムの台頭はもっぱら経済面に限られています。インドの「MADE IN INDIA」キャンペーンや(ドナルド・)トランプ米大統領の「アメリカ・ファースト」は、経済的ポピュリズム、経済的ナショナリズムです。

リベラリズムに挑戦する人たちが民主主義や人権そのものまでも疑っているとは思いません。トランプ大統領ですら(イスラム諸国の国民の入国禁止の大統領令を差し止める)裁判所の決定に従ったのですから。

私は政治的リベラリズムが後退するとは思っていません。しかし、経済的ナショナリズムは勃興しつつあるように見えます。これが政治的ナショナリズムの台頭につながれば、リベラリズムはある種の見直しを迫られる可能性もありますが、私たちはリベラリズムの価値観を守る必要があります。

グローバリゼーションはリベラリズムを導き、中産階級を拡大させ、(富裕層から中産層への)富のトリクルダウン効果を生み出します。

しかし、今では「上位1%の富裕層が下位50%の貧困層と同じだけの富を保有している」ことが強く問題視されるようになりました。インドにいたっては1%の富裕層が人口の7割と同じ富を支配しています。持つものと持たざる者の格差が大きな問題となっています。

貧しい家庭にも経済的機会が与えられるような社会のバランスが必要ですが、(格差への反発から生まれた)経済的ナショナリズムがかつてのような軍事的、政治的ナショナリズムに転化しないように気をつけなければなりません。ただし、現在では経済面にとどまっていると言えるでしょう」

経済的ナショナリズムがチベット人に与える影響

政治的リベラリズムは容易に後退しないとセンゲ大臣は断言した。民主主義への厚い信頼を感じさせる言葉だが、新たな経済的ナショナリズムが亡命チベット人社会に影響を与える可能性はないのだろうか。

◇ ◇ ◇

センゲ大臣:
「現時点では政治的自由主義や人権のための"空間"が国際社会で確保されていると思います。その空間は1年前や10年前と比較しても変わりません。しかし、経済的ナショナリズムやポピュリズムに関する言説が国際世論を席巻しているため、見えづらくなっているとは言えるでしょう。

不幸なことに、9.11以降、多種多様なテロ行為が増加しました。哲学では「暴力では暴力を終わらせられない」といいます。毎年テロが増えているのは、暴力によって対応しているからです。非暴力を信じるダライ・ラマ法王に仕える身としては、「もし目標が非暴力ならば、そこにいたるプロセスも非暴力的であるべきだ」と言いたいですね。

ともあれ、難民危機や経済的ナショナリズム、ポピュリズムの台頭によって、チベット問題は脇に追いやられた部分はあるでしょう。しかし、国際社会は人権問題に対する関心を持ち続けています。我々は世界に向けて、民主主義も人権も普遍的だと訴え続けていかなければなりません」

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:トランプ氏なら強制送還急拡大か、AI技術

ビジネス

アングル:ノンアル市場で「金メダル」、コロナビール

ビジネス

為替に関する既存のコミットメントを再確認=G20で

ビジネス

米国株式市場=上昇、大型ハイテク株に買い戻し 利下
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ暗殺未遂
特集:トランプ暗殺未遂
2024年7月30日号(7/23発売)

前アメリカ大統領をかすめた銃弾が11月の大統領選挙と次の世界秩序に与えた衝撃

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「習慣化の鬼」の朝日新聞記者が独学を続けられる理由【勉強法】
  • 2
    BTS・BLACKPINK不在でK-POPは冬の時代へ? アルバム販売が失速、株価半落の大手事務所も
  • 3
    【夏休み】お金を使わないのに、時間をつぶせる! 子どもの楽しい遊びアイデア5選
  • 4
    キャサリン妃の「目が泳ぐ」...ジル・バイデン大統領…
  • 5
    地球上の点で発生したCO2が、束になり成長して気象に…
  • 6
    カマラ・ハリスがトランプにとって手ごわい敵である5…
  • 7
    トランプ再選で円高は進むか?
  • 8
    拡散中のハリス副大統領「ぎこちないスピーチ映像」…
  • 9
    中国の「オーバーツーリズム」は桁違い...「万里の長…
  • 10
    「轟く爆音」と立ち上る黒煙...ロシア大規模製油所に…
  • 1
    正式指名されたトランプでも...カメラが捉えた妻メラニアにキス「避けられる」瞬間 直前には手を取り合う姿も
  • 2
    すぐ消えると思ってた...「遊び」で子供にタトゥーを入れてしまった母親の後悔 「息子は毎晩お風呂で...」
  • 3
    月に置き去りにされた数千匹の最強生物「クマムシ」、今も生きている可能性
  • 4
    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…
  • 5
    「習慣化の鬼」の朝日新聞記者が独学を続けられる理…
  • 6
    【夏休み】お金を使わないのに、時間をつぶせる! 子…
  • 7
    ブータン国王一家のモンゴル休暇が「私服姿で珍しい…
  • 8
    「失った戦車は3000台超」ロシアの戦車枯渇、旧ソ連…
  • 9
    「宇宙で最もひどい場所」はここ
  • 10
    ウクライナ南部ヘルソン、「ロシア軍陣地」を襲った…
  • 1
    中国を捨てる富裕層が世界一で過去最多、3位はインド、意外な2位は?
  • 2
    ウクライナ南部ヘルソン、「ロシア軍陣地」を襲った猛烈な「森林火災」の炎...逃げ惑う兵士たちの映像
  • 3
    ウクライナ水上ドローン、ロシア国内の「黒海艦隊」基地に突撃...猛烈な「迎撃」受ける緊迫「海戦」映像
  • 4
    ブータン国王一家のモンゴル休暇が「私服姿で珍しい…
  • 5
    正式指名されたトランプでも...カメラが捉えた妻メラ…
  • 6
    韓国が「佐渡の金山」の世界遺産登録に騒がない訳
  • 7
    すぐ消えると思ってた...「遊び」で子供にタトゥーを…
  • 8
    月に置き去りにされた数千匹の最強生物「クマムシ」…
  • 9
    メーガン妃が「王妃」として描かれる...波紋を呼ぶ「…
  • 10
    「どちらが王妃?」...カミラ王妃の妹が「そっくり過…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中