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潜入ルポ

私が見たシリアの激戦区ホムスの現実

2012年2月6日(月)14時11分
ジェームズ・ハーキン

日に日に増えていく死体

 確かに分かった。その日の午後、私はホムスでパン屋の主人と話した。彼は誰にも聞こえないところで、ホムスではここ半年で5000人が死んだと言った。翌日、パン屋はホムスの広場の時計台に案内してくれた。4月に政府が7万人のデモ隊を実力で排除した現場だ。

 彼はそこで、群衆に機関銃を乱射する兵士のまねをしてみせた。デモ参加者が広場から追い出されてからは、軍と正体不明の武装勢力の戦いが市内の各所で続いている。住民の一部も武器を取り、自分と自分の地域を守るために軍や警察に立ち向かっている。

 イスラム教スンニ派とアラウィ派(シーア派の分派)の宗派間の緊張が高まっているという噂もあり、対立はさらに深く、分かりにくいものになっている。確実に分かるのは、道端に転がる死体が日に日に増えているということだけだ。

 葬儀や金曜礼拝の後などには、散発的なデモが始まる。だが市の中心部でも、午後早くから人の姿が消える。夕方になれば、事実上の夜間外出禁止令が敷かれる。不気味な静けさが都市全体を覆う。

 モハメドはまだ幸運なほうだ。ここ数週間、彼はアルバイトの仕事でホムスとダマスカスを行ったり来たりしていて、今から家に帰るところだという。モハメドの一家はシリアの多数派であるスンニ派だ。多くのデモ参加者は、アラウィ派の牛耳る政権下で差別を感じているスンニ派だ。

「愛する母国を捨てるつもりはない」

 大統領のアサドは親子2代にわたって、自らの属するアラウィ派の人たちを重用し、利権を独占させてきた。彼は、反政府デモはスンニ派内部の過激派に操られたものだと非難し、外国勢力やアルカイダが手を貸しているとまで主張している。

 モハメドは宗教の話をしたがらない。その代わり欧米の話を聞きたがった。「欧米の人がイスラム教徒を憎んでいるというのは本当かい? 僕らはただ、平和に暮らしたいだけなのに」。その口調は大部分において、陽気で好奇心に満ちたものだった。

 いつかはカタールへ行って、そこの近代建築を見て、仕事を探したいとも言う。いろいろ旅して世界を見たいとも。それでも母国を捨てるつもりはない、シリアが好きだからとモハメドは言っていた。

 そのうちバスは、同じ方向に向かう軍用車両の車列を追い越した。兵士たちを荷台に乗せた大型トラックが大きな音をとどろかせ、少なくとも50台から成る集団で移動していた。道端では台車に載せた機関砲や戦車も見掛けた。

 ホムスで唯一安全な場所は市の中心部だとモハメドは言い、私たちは計画を練った。彼が市中心部のホテルの名を紙に書き、私はそれをタクシー運転手に見せる。直接ホテルに向かい、帰る日まで外出はしないこと。

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