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首の痛み、片頭痛、不眠...慢性的な「謎の体調不良」、実は「過可動」が原因の可能性=米研究

TREATING HYPERMOBILITY

2025年3月16日(日)13時05分
レスリー・ラセック(米クラークソン大学理学療法学名誉教授)
診断が難しい結合組織疾患である過可動

新体操選手などに有利な柔らかい関節がつらい症状を起こすことも ANDY LYONS/GETTY IMAGES

<関節の過度の可動性をはじめとする結合組織の異常で、医療機関でも正しい診断を受けられずに苦しむ患者は意外に多い>

結合組織は人間の体のあちこちに存在する。筋肉や神経、臓器の内部や間に位置し、入り組んだクモの巣のように全てを結び付け、身体を形作って適切な動きを促している。

多くの人、特に若年女性の結合組織は極めて柔軟だ。この柔軟性は出産の際に不可欠だし、ダンサーや体操・新体操選手には利点だが、結合組織がもろく伸びやすいと、各種の問題につながりかねない。


関節の過度な可動性は捻挫や脱臼、慢性的な頸部痛を引き起こしがちだ。過可動な結合組織は消化器官や神経、皮膚、尿路、免疫系の深刻な問題を招くこともある。

だが過可動の可能性に目を向けるよう訓練された医療関係者は、特にアメリカでは少ない。大抵の場合、病名が分かるまでに10年以上もかかる。

結合組織疾患は珍しい病気とされている。だが現在の推定では、人口の最大2%が過可動性に関連する症状を経験し、ペインクリニックやリウマチ科で治療を受ける人の約3分の1が、実際は過可動の患者である可能性がある。

筆者は理学療法士で、過可動による疾患の治療を専門とする研究者だ。長年苦しむ症状には原因があり、場合によっては管理できる──そう伝えた患者が、安心のあまり泣き出す場面に遭遇してきた。

結合組織の過可動性を原因とする疾患は、症候性全身性関節過可動と総称される。その一部は遺伝子マーカーを持つものの、過可動型のエーラス・ダンロス症候群(EDS)や過可動性スペクトラム障害(HSD)を含めて、9割以上はそうではない。

「シマウマ」扱いされてきた過可動型EDSの患者たち

診断は、チェックリストを用いた理学的検査に基づいて行われる。症状や深刻度は人によって大きく異なることがあり、時間とともに変化する。

症例は広範囲の疼痛や頻繁なけが、過敏性腸症候群、消化不良、ヘルニア、打撲傷の頻発、皮膚創傷の治癒不良だ。ほかにも呼吸困難、片頭痛などの頭痛、めまい、倦怠感、不眠、不安感などがある。

こうした問題のいくつかは純粋に力学的なものだ。皮膚がもろければ傷つきやすく、傷が治りにくい。消化器の組織が伸びやすいと、食物消化に必要な速度で活動できない。頭蓋骨と脊椎上端の間の可動性が過剰なら、脳幹が圧迫されて中枢神経系の問題につながる可能性がある。

過可動の患者が悩む問題には、科学的に解明されていないものもある。例えば、消化や呼吸、心拍を調整する自律神経のバランスの乱れだ。

ウイルスなどに対する免疫系の一部であるマスト細胞と、過可動性の関係も完全には分かっていない。仮説の1つによれば、活動過剰になったマスト細胞が、化学物質を放出して周囲の結合組織に影響を与えているのかもしれない。

過可動の症状には大抵、複数の要因が絡む。不眠の場合、痛くて眠れないのが一因だが、咽喉内の組織の弛緩が睡眠時無呼吸症候群を引き起こすこともある。神経系の過活動や理由不明の健康問題に感じる不安も不眠につながるだろう。

最も一般的な遺伝性結合組織疾患は、皮膚や関節の過伸展性や脆弱性が特徴のEDSだ。デンマーク出身の皮膚科医エドワルト・エーラスと、フランスの外科医・皮膚科医アンリアレクサンドル・ダンロスにより、病気が発見されたのは20世紀初頭。患者のおよそ90%は過可動型に属する。

従来、過可動型EDSは珍しい病気とされ、その患者は「シマウマ」扱いだ。「ひづめの音を聞いたら、シマウマではなく馬だと思え」と、医学生は教わる。希少疾患は本当にまれで、ほとんどの場合は普通の「馬」だという意味だ。だが今や専門家は、EDSはそれほど珍しくなく、多くの患者が誤診や診断未確定の状態にあると考えている。

根本治療はまだないが重要なのは診断がつくこと

大半のケースでは、患者はどこも悪くないと告げられ、大げさに言っているだけか、痛みへの耐性が低いと判断される。理由を求めて医療機関を巡ったり、日々変化する症状を訴えるため、扱いにくい患者と思われることも多い。

「全て思い込みにすぎない」と繰り返し言われたという、医療版ガスライティング(心理的虐待)の体験談もある。特に女性の場合は、精神的問題と見なされがちだ。

診断が下っても、対応できる専門家はなかなか見つからない。2022年に発表された研究によれば、過可動型EDSの診断基準に詳しい医師はわずか9%。治療を手がけられる医師は4%にすぎない。

根本的な問題は過可動性だと見抜けなければ、効果のない投薬治療や外科的治療、精神疾患の誤診を招きかねない。診断の遅れは身体機能の低下、痛みや障害の悪化につながる。

結合組織疾患には、対症療法以外の治療法が存在しない。そのため、痛みやけがを最小限にし、関節の安定性や全体的な健康状態を改善することが治療の目的になる。

関節は通常、身体の位置についての情報を提供している。このシステムが適切に機能しない過可動の患者は、関節のおかしな動きにしばしば気付かない。研究は限られているものの、既に分かっているところでは、理学療法は感覚認識や運動制御を改善する可能性があり、患者が筋肉を意識し、強化することにも役立つ。

多くの過可動患者は神経系が敏感なため、全身の鎮静が疼痛緩和の重要な一環になる。最低限の投薬で疼痛管理するには、患者教育や睡眠、心身トレーニング、栄養管理も効果があるだろう。心理社会的支援や投薬・外科治療で痛みを管理するアプローチもある。一方、過可動でない人と比べると、手術などの整形外科的処置は有効度が低いようだ。

症候性全身性関節過可動は複雑な疾患で、完全には解明されていない。それでも診断がつけば、多くの対策によって痛みやけがを減らし、身体機能や生活の質(QOL)を向上させることができる。

The Conversation

Leslie Russek, Professor Emeritus of Physical Therapy, Clarkson University

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.

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