公開50周年を迎えた映画『タクシードライバー』の、今も変わらぬ「不穏なパワー」とは?
“Taxi Driver” at 50
鏡の中の自分に向かって銃を構えるトラヴィス(ロバート・デ・ニーロ)
<スコセッシ&デ・ニーロの名作は公開から半世紀が経つが、描かれたアメリカの怒りや不満は現代も続く──>
巨匠マーティン・スコセッシ(83)の初期の傑作『タクシードライバー(Taxi Driver)』が、この2月で公開50周年を迎えた。
1976年のカンヌ国際映画祭でパルムドール(最高賞)を受賞し、当時13歳のジョディ・フォスターが12歳の娼婦を演じたことでも話題になったが、大都会の孤独を狂おしい映像で描き、今日でもアメリカ映画史上最も重要な作品の1つとされている。
だが「最も不穏な」作品の1つなのも間違いない。
大統領の犯罪とベトナム戦争で傷つき、製造業の衰退にあえいでいた70年代アメリカの怒りとパラノイア、そして疎外感をあぶり出したのがこの作品。主人公は人種差別と女性蔑視を男らしさの証しと信じるタイプで、そういう男は(残念ながら)今も掃いて捨てるほどいる。
ロバート・デ・ニーロ演じる主人公のトラヴィス・ビックルは脚本を書いたポール・シュレーダーの創作で、そこには自身の経験が色濃く反映されているが、決定的な影響を与えたのはドストエフスキーの小説『地下室の手記』の「地下人間」とされる。
孤独とやり場のない怒り
ドストエフスキーが造形したのは、19世紀半ばのロシアで世捨て人となり、ひたすら自らの実存的苦悩をつづる孤独な男。この「地下人間」について、シュレーダーはかつて次のように述べている。
「トラヴィスの抱える問題と地下人間のそれは同じで、要はなぜ自分は存在するのかという問いだ。しかしトラヴィスにはそこが理解できず、別のところに怒りをぶつけてしまう。それだけこの国が未熟で若いということかな」
シュレーダーは同時代の出来事、とりわけ民主党の予備選に出馬していた大統領候補ジョージ・ウォレスの暗殺未遂も参考にしている。犯人のアーサー・ブレマーは殺人を目的化し、「暗殺者の日記」と題する日記をつけていた。
『タクシードライバー』のトラヴィスも日記をつける。彼が日記帳に向かう姿は作中で何度も映し出され、その内容はナレーションで読み上げられる。例えばこうだ。
「夜にはケダモノたちが街に出てくる。娼婦にゴロツキ、ゲイに麻薬の売人。いつかきっと、このクズどもをそっくり洗い流す雨が降るぞ」

自称「ベトナム戦争帰り」のトラヴィスは不眠症で、やむなくニューヨーク市内でタクシーの運転手をしていた。もっぱら夜勤専門で、高ぶった感情を抱えたまま夜中の大都会を流していた。
ある朝、長い勤務を終えて帰宅する途上で、彼はマンハッタンのミッドタウンにあるオフィスの窓越しに1人の若い女性の姿を見た。それがベッツィ(シビル・シェパード)。彼女は大統領候補チャールズ・パランタイン(レナード・ハリス)の選挙事務所で働くスタッフだった。
ベッツィに恋心を抱いたトラヴィスは何度も彼女の職場の外にタクシーを止め、遠くから彼女を見つめ続ける。やがて、なんとか彼女をデートに誘い出すのだが、これがうまくいかない。
社交性のかけらもないトラヴィスが選んだデートの場所はポルノ映画館。あきれた彼女は絶縁を宣言するが、彼はその理由が分からず、ひたすら怒りを募らせる。
流れを引く『ジョーカー』
トラヴィスの精神は崩壊し始め、仲間のタクシー運転手に「悪い考えが浮かんできた」とつぶやいたりする。そして、やるべきことを決めた。
彼は取りつかれたように肉体を鍛え始め、銃と弾薬を買い込み、ベッツィの上司たるパランタインを公衆の面前で殺害する計画を練る。政治的暴力が自分の不満を解消する手段となり、漠然とした怒りが歴史的事件を起こす夢想へと変容していった。
薄汚れたアパートの一室で、トラヴィスは鏡の前に立ち、何度も射撃の練習を繰り返す。この場面で鏡の中の自分に向かってトラヴィスが言い放つ「おまえ、俺に話してるのか」というせりふ(デ・ニーロのアドリブとされる)はあまりにも有名だ。
その暗殺計画が無惨な失敗に終わると、次にトラヴィスが夢中になったのは幼い娼婦アイリス(ジョディ・フォスター)。そして12歳の少女をヒモから「救い出す」のが自分の義務であり道徳的な正義だと思い込み、アイリスの敵を殺しまくる(この場面は凄惨すぎて、公開に当たっては修正を余儀なくされた)。

当初、この作品に対する批評家の意見は分かれたが、興行的には大成功だった。そしてその不穏なパワーは時を経ても衰えず、今日まで長い影を落としている。
81年には、この映画に触発されたジョン・ヒンクリーという若者がジョディ・フォスターの気を引くために当時の大統領ロナルド・レーガンを狙撃した。ショックを受けたスコセッシは、もう映画から手を引こうと考えたこともあるという。
トラヴィス・ビックルが稀代のアンチヒーローであるのは間違いない。その流れを引くキャラクターは数多いが、最たるものはトッド・フィリップス監督の『ジョーカー(Joker)』(2019年)だろう。
マーティン・スコセッシの業績をたどる昨年のドキュメンタリー番組で、監督のレベッカ・ウィリアムズから「トラヴィスのような人、今は多いですね」と問われたシュレーダーはこう答えている。
「今はみんな、ネット上で話をしている。だが私がこの脚本を書いた当時、トラヴィスには1人も話し相手がいなかった。つまり、まさしく『地下人間』だった。今ならインターネット人間かな」
それもまた不気味である。
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Alexander Howard, Senior Lecturer, Discipline of English and Writing, University of Sydney
This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.
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