コラム

危うし、美術館!(2): スペインと韓国と日本の「規制」

2016年02月17日(水)14時30分
危うし、美術館!(2): スペインと韓国と日本の「規制」

バルセロナ現代美術館のバルトメウ・マリ館長は、イネス・ドゥジャックの出展作が卑猥であるという理由で、翌日に開幕を控えていたグループ展の開催中止を決定した。EFE ESTILO-Youtube

 2015年3月17日、バルセロナ現代美術館(MACBA)のバルトメウ・マリ館長が、翌日に開幕を控えていたグループ展『La bestia y el soberano (獣と主権者) 』の開催中止を決定した。イネス・ドゥジャックの出展作「Not Dressed for Conquering(征服には似合わない装い)」が卑猥であるという理由である。

 同作は、ナチス親衛隊のヘルメットを敷き詰めた上で、前スペイン国王のフアン・カルロス1世、ボリビアの女性活動家ドミティラ・チュンガラ、それに1匹の犬が全裸・後背位で折り重なって性交する様を描いた彫刻。MACBAのチーフキュレーター、バレンティン・ロマは「ドゥジャックは、植民地主義のダイナミクスに踏み込む研究史に明るい、よく知られたアーティスト」であり、「アートは何世紀にもわたって典型的な権力を風刺し、戯画的に描いてきた。彼女の作品がやっているのはそういうことだ」(2015年3月18日付エル・パイス。ロベルタ・ボスコ「El rechazo de una escultura en el Macba desata pol?mica y protestas」)と説明している。付け加えれば、『獣と主権者』展はシュトゥットガルトの美術館ヴュルテンベルク・クンストフェラインとMACBAの共催であり、展覧会名は、寓話などに登場する動物の形象から権力について論ずる、哲学者ジャック・デリダ同名の講義録に由来する。

 だが、マリは「この作品は不適切であり、美術館の方向性とは相容れない」と表明。作品を観たのは前日の16日が初めてで、最後の瞬間に作品を潜り込ませたとキュレーターチームを非難した。ドゥジャックは直ちに作品借用書の画像をネット上に公開。作品の写真が掲載された借用書には、2月25日付で館長の署名が記されていた。マリが事前に作品の内容を認識していたことを示す紛れもない証拠である。キュレーターチームや同展の他の参加作家は抗議声明を出し、内外のアート界からも非難の声が殺到した。

 中止決定には政治的圧力があったのではないか、という疑念も出た。MACBAは非営利の民間財団と、カタルーニャ州政府、バルセロナ市、そしてスペイン文化省を主要メンバーとするコンソーシアムが運営している。財団の名誉理事長であるソフィア王妃は、彫刻のモデルにされたフアン・カルロス1世の妃にほかならない。マリは「理事会はこの件とは無関係。中止決定は自らの判断で下した」と圧力を否定したが、たちまちソーシャルメディアが炎上した。現場スタッフは上層部に説明を要求し、MACBAには展覧会の開催中止に抗議する市民グループが押し寄せた。マリは3月20日に中止決定を撤回し、『獣と主権者』展は翌21日にドゥジャック作品を含む完全な形で開幕した。

プロフィール

小崎哲哉

1955年、東京生まれ。ウェブマガジン『REALTOKYO』『REALKYOTO』発行人兼編集長。京都造形芸術大学大学院学術研究センター客員研究員。2002年、20世紀に人類が犯した愚行を集めた写真集『百年の愚行』を刊行し、03年には和英バイリンガルの現代アート雑誌『ART iT』を創刊。13年にはあいちトリエンナーレ2013のパフォーミングアーツ統括プロデューサーを担当し、14年に『続・百年の愚行』を執筆・編集した。

ニュース速報

ワールド

「ブルキニ」着用禁止法は違憲、国内の緊張高める=仏

ビジネス

独10年債利回りがマイナス0.025%に上昇、2カ

ビジネス

ドル102円前半でしっかり、FRBのタカ派思惑が継

ビジネス

3日ぶり大幅反発、FRB当局者発言を受けた円安を好

MAGAZINE

特集:世界が期待するTOKYO

2016-8・30号(8/23発売)

リオ五輪の熱狂は4年後の東京大会へ── 世界は2020年のTOKYOに何を期待するのか

人気ランキング

  • 1

    日本の貧困は「オシャレで携帯も持っている」から見えにくい

  • 2

    マイナス金利「量・質とも緩和余地ある」黒田日銀総裁

  • 3

    中国で性奴隷にされる脱北女性

  • 4

    北朝鮮の女子大生が拷問に耐えきれず選んだ道とは...

  • 5

    日本のアフリカ市場出遅れ、問題は企業サイドに

  • 6

    イタリア中部、地震活動地帯でも歴史建造物と財政難で対策遅れる

  • 7

    ハードウェアも電力も使わずに動く、完全にソフトな「タコ型ロボット」

  • 8

    アメリカ海軍、ペルシャ湾でイラン艦艇に警告射撃 2日連続で異常接近

  • 9

    海保の精神は「正義仁愛」――タジタジの中国政府

  • 10

    誘拐事件を繰り返し裕福な生活をしていた、アルゼンチン家族の闇

  • 1

    フィリピンのドゥテルテ大統領が国連脱退・中国と新国際組織結成を示唆

  • 2

    海保の精神は「正義仁愛」――タジタジの中国政府

  • 3

    中国で性奴隷にされる脱北女性

  • 4

    オリンピック最大の敗者は開催都市

  • 5

    北朝鮮の女子大生が拷問に耐えきれず選んだ道とは...

  • 6

    歯磨きから女性性器切除まで、世界の貧困解決のカギは「女性の自立」にある

  • 7

    NSAの天才ハッカー集団がハッキング被害、官製ハッキングツールが流出

  • 8

    日本の貧困は「オシャレで携帯も持っている」から見えにくい

  • 9

    イタリア中部地震、死者少なくとも159人 多くは休暇シーズンの観光客か

  • 10

    イタリア中部地震で37人死亡、市長「生き物の気配がしない」

  • 1

    北朝鮮の女子大生が拷問に耐えきれず選んだ道とは...

  • 2

    中国衝撃、尖閣漁船衝突

  • 3

    戦死したイスラム系米兵の両親が、トランプに突きつけた「アメリカの本質」

  • 4

    フィリピンのドゥテルテ大統領が国連脱退・中国と新国際組織結成を示唆

  • 5

    日銀は死んだ

  • 6

    海保の精神は「正義仁愛」――タジタジの中国政府

  • 7

    【原爆投下】トルーマンの孫が語る謝罪と責任の意味(前編)

  • 8

    トランプには「吐き気がする」──オランド仏大統領

  • 9

    イチロー3000本安打がアメリカで絶賛される理由

  • 10

    競泳金メダリストの強盗被害は器物損壊をごまかす狂言だった

 日本再発見 「世界で支持される日本式サービス」
 日本再発見 「世界で支持される日本式サービス」
アンケート調査
定期購読
期間限定、アップルNewsstandで30日間の無料トライアル実施中!
メールマガジン登録
売り切れのないDigital版はこちら

MOOK

ニューズウィーク日本版別冊

0歳からの教育 育児編

絶賛発売中!

コラム

パックン(パトリック・ハーラン)

芸人も真っ青? 冗談だらけのトランプ劇場

小幡 績

日銀は死んだ