最新記事

薬剤耐性菌

線虫の腸内微生物叢から、薬剤耐性菌に効果的な新しい抗生物質が発見される

2019年11月26日(火)18時10分
松岡由希子

従来の抗菌薬が効かない薬剤耐性菌が大きな問題となっている...... Sinhyu-iStock

<米ノースイースタン大学の研究チームは、抗生物質などから自らを保護する外膜を持つ「グラム陰性菌」を選択的に死滅させる新たな抗生物質を発見した......>

従来の抗菌薬が効かない薬剤耐性菌が世界中で増加し、グローバル規模で深刻な課題となっている。米国では、年間280万人以上が薬剤耐性感染症に罹患し、3万5000人以上が死亡しており、欧州でも薬剤耐性感染症によって年間3万3000人が死亡している。

とりわけ、大腸菌やサルモネラ、肺炎桿菌など、抗生物質などから自らを保護する外膜を持つ「グラム陰性菌」は、人類の生活を大いに脅かす病原体として、世界保健機関(WHO)でもその対策の必要性が指摘されている。

土壌中の線虫(線形動物)の腸内に生息する共生細菌から

米ノースイースタン大学キム・ルイス教授の研究チームは、グラム陰性菌を選択的に死滅させる新たな抗生物質「ダロバクチン」を発見し、2019年11月20日、その研究成果を学術雑誌「ネイチャー」で発表した。

ダロバクチンは、土壌中の線虫(線形動物)の腸内に生息する共生細菌「フォトラブダス」からの化合物だ。マウスを用いた実験では、ダロバクチンが大腸菌や肺炎桿菌の感染症を治療し、毒性の徴候もみられなかったという。

ダロバクチンは、グラム陰性菌に対して効果的な構造と作用機序を持つ。グラム陰性菌を保護する外膜は、細胞の表面にある外膜タンパク質BamAが開閉を制御し、生成したばかりのタンパク質を取り込むことで、形成されていく。ダロバクチンは、外膜タンパク質BamAと結びつく性質を持つ。ダロバクチンが外膜タンパク質BamAの働きを阻害し、開閉が制御できなくなると、タンパク質を十分に取り込めず、外膜を形成できなくなって、グラム陰性菌は死滅する。

薬剤耐性対策の研究に新たな道をひらく

また、研究チームでは、ダロバクチンに耐性を持つ大腸菌でマウス実験を行ったところ、この大腸菌はマウスへの感染力を失っていた。つまり、グラム陰性菌は、感染力を失うことなく外膜タンパク質BamAを変化させることはできないと考えられる。

ルイス教授によれば、ヒトに役立つ可能性のある抗生物質が含まれた動物の微生物叢が見つかったのは、ダロバクチンが初めてで、薬剤耐性対策の研究に新たな道をひらくものとして期待が寄せられている。

カナダのマクマスター大学のエリック・ブラウン教授は、ダロバクチンの発見にいたる一連の研究プロセスを「研究のフルコースだ」と表現し、自然源から化合物を発見し、ターゲットを特定し、動物実験を行い、生物が化合物を生成する方法を整理している点を高く評価している。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

MAGA派グリーン議員、トランプ氏発言で危険にさら

ビジネス

テスラ、米生産で中国製部品の排除をサプライヤーに要

ビジネス

米政権文書、アリババが中国軍に技術協力と指摘=FT

ビジネス

エヌビディア決算にハイテク株の手掛かり求める展開に
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生まれた「全く異なる」2つの投資機会とは?
  • 3
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃度を増やす「6つのルール」とは?
  • 4
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地…
  • 5
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 6
    レアアースを武器にした中国...実は米国への依存度が…
  • 7
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 8
    悪化する日中関係 悪いのは高市首相か、それとも中国…
  • 9
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 5
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 6
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 7
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 8
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 9
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 10
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 8
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 9
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中