最新記事

カタール危機

カタール危機で湾岸諸国が棚に上げる自分たちの出稼ぎ労働者問題

2017年8月4日(金)15時45分
ジェームズ・リンチ

カタールは出稼ぎ労働者に対する劣悪な待遇で批判されているが(写真は首都ドーハ) Fadi Al-Assaad REUTERS

<サウジアラビアやUAEなどの湾岸諸国は、カタールに対する国境封鎖を正当化する理由として出稼ぎ労働者に対する人権侵害を批判しているが、呆れて空いた口がふさがらない>

小国カタールをめぐるカタール危機の始まりは6月上旬、サウジアラビアやアラブ首長国連邦(UAE)、バーレーンなどの湾岸諸国がカタールと断交を発表したことだ。最近はテレビ局や新聞などで政治的な論争が繰り広げられるなど、表立った舌戦へと変化している。

【参考記事】「開戦」は5月下旬 けっして突然ではなかったカタール断交

断交により、それぞれの政府は国民に対しカタールから自国に戻るよう指示しているため、あちこちで家族が引き裂かれ、学生は学業を断念せざるをえなくなっている。こうした状況は人権侵害に当たるとして、国際人権団体「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」や国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は非難している。

【参考記事】国交断絶、小国カタールがここまで目の敵にされる真の理由

カタール危機が生んだ最も顕著な変化の1つは、湾岸諸国の政府が突如として、カタールで働く出稼ぎ労働者の待遇に関心を示し始めたことだ。

カタールでは2022年に開催されるサッカー・ワールドカップ(W杯)の準備が数年前から進んできたが、出稼ぎ労働者の苦境を訴えてきたのはNGOや労働組合くらいだった。今、周辺国が政治的に対立するカタールへの新たな攻撃材料を探し求める中、カタールが抱える出稼ぎ労働者の人権問題が有効な手段として浮上している。

「カタールはいまだに沈黙、W杯スタジアムでのイギリス人労働者の死亡を受けて」という見出しの記事を6月に公表したのは、UAEに本部がありサウジアラビア政府が出資する中東の衛星放送アルアラビーヤだ。バーレーンのニュース局も7月、カタールが「すべての労働者の年次休暇」を撤回したと報じ、アメリカに本部を置くサウジアラビア・アメリカ広報委員会の公聴会では「建設現場の労働者を対象にしたカタールの現代の奴隷制度」が強調されたと伝えた。

【参考記事】カタールW杯が出稼ぎ労働者を殺す

自国を棚に上げる湾岸諸国

カタールの出稼ぎ労働者の苦境を批判する湾岸諸国の政府やメディアの態度は、空いた口が塞がらないほど偽善的だ。忘れてはならない。UAEは、出稼ぎ労働者の労働環境の劣悪さが「世界的なスキャンダル」だと国際労働組合総連合(ITUC)に酷評された国だ。サウジアラビアでは昨年、数万人のアジアからの出稼ぎ労働者が賃金未払いで身動きが取れなくなる問題が多発した。インド政府は食料を空輸したり、出稼ぎ労働者の旅費を負担して飛行機で帰国させるなど、まるで災害救助さながらの対応を求められた。バーレーンは、労働法違反事例の捜査や訴追に向けた取り組みが「最低レベル」だと、米国務省が最近発表した報告書の中で批判された。

過酷さのレベルは国によって異なるにせよ、湾岸諸国に「カファラ」という雇用主が出稼ぎ労働者を支配する労働契約制度が存在する以上、労働者に対する劣悪な待遇はカタールだけの問題ではない。今回の危機ではサウジアラビアが事前の連絡もなく突然カタールとの国境を遮断したため、サウジアラビアで足止めされたカタールの雇用主からと連絡が取れない出稼ぎ労働者たちは、不安のただ中に置かれている。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

カナダ、ウクライナ支援継続を強調 両首脳が電話会談

ワールド

トランプ米大統領、ハーバード大への補助金打ち切り示

ビジネス

シタデルがSECに規制要望書、24時間取引のリスク

ワールド

クルスク州に少数のウクライナ兵なお潜伏、奪還表明後
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 4
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 5
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 6
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    中居正広事件は「ポジティブ」な空気が生んだ...誰も…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 7
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 8
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 9
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 10
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中