コラム

米最高裁ギンズバーグ判事の後任人事をトランプが急ぐ理由

2020年09月23日(水)19時00分

最高裁判事の指名問題は大統領選の最大の焦点となってきている Jonathan Ernst-REUTERS

<あまりにも強引にトランプが後任人事を進めようとするため、中道から左派の人々の反発が高まっている>

米連邦最高裁のギンズバーグ判事が亡くなりました。訃報と同時に持ち上がったのが後任問題です。最高裁の判事は9名で、ギンズバーグ氏の逝去により、事実上中間派のロバーツ長官に加えて、保守派が4名、リベラルが3名という構成になっています。トランプ大統領は、さらに保守派判事を送り込もうと直ちに後継を指名し、議会上院のマコネル院内総務(共和)も即座に承認の審議に入ると言明しました。

最高裁判事の任命というのは、重要な政治課題です。憲政の常道としては、大統領も上院の改選対象者(3分の1)も任期の終わりなのだから「選挙が間近にあるので、民意を待つべき」だという考え方がありますが、大統領も院内総務も強行指名・承認をしても構わないという姿勢です。その決意は固いようで、すでに女性候補として、白人のエミー・C・バレット(47)、ヒスパニック系のバーバラ・ラゴア(52)、という2名の判事の名前が上がっています。

共和党がそこまで強硬なのは、とにかく保守派として最高裁の過半数を長期的に維持したいということが、まずあります。また、憲法判断としては、次のようなテーマがあります。「人工妊娠中絶の禁止」「同性婚の無効化」「オバマケア(国民全員加入の医療保険)の廃止」といった課題です。これらは、長年にわたってリベラルと保守は論争を続けており、保守派としては一気に全ての判断をひっくり返したいと狙っているわけです。

ロックダウンを「違憲」に?

さらに驚くような話としては、「感染症対策のロックダウンやマスクの強制を違憲」にしたいという考えもあるようです。ロックダウンについては、例えば保守派のバー司法長官が「(種類は違うが)奴隷制と同様の憲政史上最悪の人権侵害」だなどという国際社会の常識から大きく外れた見解を語っていましたが、そんな思惑もあるのです。

指名・承認のタイミングですが、大統領の指名から上院の司法委員会審議を経て、上院本会議での承認までは、通常は90日程度を要しています。ところが、今回は「あわよくば」11月3日の投票日の前までに決着をつけたいという意向があるようです。9月25日に指名されたとして、大統領選までほぼ1カ月しかありません。

異常なまでの強行スケジュールですが、理由は2つあるようです。1つは、仮に大統領選が僅差となった場合に備えるという目的です。2000年の「ブッシュ対ゴア」の選挙におけるフロリダ再集計のように、最終的な当落判断が最高裁に持ち込まれる可能性はあります。その場合にトランプに有利な判決を得るために、保守派判事を投票日前に送り込みたいというわけです。このため、トランプは、キューバ系ヒスパニックのラゴア判事を指名して、フロリダでの集計トラブルに備えるのではという説があります。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米国株式市場=ダウ493ドル高、12月利下げ観測で

ビジネス

NY外為市場=円急伸、財務相が介入示唆 NY連銀総

ワールド

トランプ氏、マムダニ次期NY市長と初会談 「多くの

ワールド

ウ大統領、和平案巡り「困難な選択」 トランプ氏27
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やってはいけない「3つの行動」とは?【国際研究チーム】
  • 2
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 3
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワイトカラー」は大量に人余り...変わる日本の職業選択
  • 4
    中国の新空母「福建」の力は如何ほどか? 空母3隻体…
  • 5
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベー…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    ロシアのウクライナ侵攻、「地球規模の被害」を生ん…
  • 8
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ…
  • 9
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 10
    EUがロシアの凍結資産を使わない理由――ウクライナ勝…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 4
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 5
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 6
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 7
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 8
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 9
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 10
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 10
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story