プレスリリース

IEEEメンバー 医療AIの第一人者 名古屋大学工学部の藤原幸一准教授が提言を発表

2022年06月16日(木)13時00分
IEEE(アイ・トリプルイー)は世界各国の技術専門家が会員として参加しており、再生可能エネルギーの普及など、世界的な諸課題に関してもさまざまな提言やイベント、標準化活動を通じ技術進化へ貢献しています。

画像1: https://www.atpress.ne.jp/releases/314230/LL_img_314230_1.png
名古屋大学工学部 藤原幸一准教授

IEEEメンバーである名古屋大学工学部の藤原幸一准教授は、人体に装着した心電図などのセンサーからの情報を人工知能(AI)で分析し、てんかんの発作を予知したり睡眠障害の有無などをスクリーニングしたりする「医療AI」の研究者です。近年ブームとなっているデータサイエンスは主に、画像やマーケティングなどのビッグデータ(大量データ)解析です。しかし医療AIでは、患者さんから収集するサンプル数が限られる希少なデータを効率よく学び、高い精度で予兆を検知できるAIの研究開発を進めています。ビッグデータと対極にある、いわばスモールデータが対象です。

医療AIの研究は、病気やそれに付随する苦しみで悩む人たちの負担を軽減でき、社会貢献度も大きい研究分野です。実用化では欧米が先行しているものの、日本も産学官をあげて追いつこうとしています。藤原准教授は「深層学習の登場で医療AIが飛躍的に進化してからまだ10年ほど。伸び盛りの分野で参入障壁が高い半面、自由に研究できる。ぜひ若い人にチャレンジしてほしい」と訴えています。

藤原准教授は2000年代前半の大学生時代からデータサイエンスに携わってきました。当時は「AI冬の時代」と言われたAIブームの谷の時期ではあったものの、化学プラントや製鉄所のデータを収集・解析し生産品質の向上や消費エネルギーの抑制などの研究をしていたそうです。この頃から、現場での泥臭いデータ解析を積んでいました。修士課程修了後には大手自動車メーカーの現場でエンジン開発に携わりました。これら全ての経験が、医療AI開発に生きているといいます。

その後、学位を取得して京都大学大学院情報学研究科の助教として研究活動をしていた時に、てんかん専門医から「データ解析を使っててんかんの研究をしてほしい」と声がかかり医療AIの世界に足を踏み入れました。その後はてんかんだけでなく、睡眠障害、認知症、不整脈などにも応用範囲を広げ、現在は日本医療研究開発機構(AMED)の公募事業「心拍変動解析によるてんかん発作予知AIシステムの研究開発」、科学研究費助成金基盤B「ウェアラブルデバイスによる熱中症発症予防のための熱中症アラームシステム」など、複数の医療AI開発プロジェクトにて研究代表者を務めています。

画像2: https://www.atpress.ne.jp/releases/314230/LL_img_314230_2.jpg
実験の様子

これらの医療AI開発の研究の特徴は、AIの学習に利用できるデータがスモールであることです。たとえば、てんかんの患者はどの国でも人口の1%と言われます。日本の患者数は推計100万人とされますが、てんかん専門医は少なく全国で800名程度であり、診断・治療を受けている患者は限られ、大量の臨床データを集めることはできません。また、専門医の分布は地方と都市部で偏りがあるため、専門医の少ない地方ではデータを集めることはさらに困難です。

とはいえ、藤原准教授は「てんかん領域はスモールデータ解析によるAIの応用先としては適している」と断言します。てんかんの患者は、正常な状態でいる時間の方が圧倒的に長く、発作時の時間は比較的短いという特徴があります。患者の正常時のデータを集めるのも大変な苦労を伴うのに、さらにデータ収集が難しい発作時のデータを集めることは難易度が高いです。さらに収集したデータについても、発作がいつ起きてどんな症状だったかなどの専門医による詳細な確認が必要になります。そんな背景もあり、これまでてんかん領域におけるAIの活用は遅れていました。だからこそ新たなAIを開発する価値があります。

てんかん発作予知AIシステム開発のプロジェクトの成果を見ると、専門医の協力により、60例以上のデータを得ました。脳の状態が詳細に分かる脳波データは日常生活中では測定できません。そこで、心電図のデータを収集しています。心電図を得るセンサーの技術はここ数年で進歩しています。絆創膏のように使えるものがすでに市販され、シャツに織り込んだタイプもあると言います。今後もさらに小型化、高精度化が期待でき、患者に負担なく常時データを得ることができるようになると期待されています。

このような希少な臨床データを生かし、プロジェクトではてんかん発作予知AIを組み込んだスマートフォン用のアプリを開発しています。アルゴリズム(計算手段)の磨き上げは必要ですが、すでに想定した精度が出ているそうです。藤原准教授は「早く臨床試験に進みたい」と意欲を示しています。さらに、てんかん以外でも、睡眠障害の研究では、すでにアルゴリズムが完成し1,000人規模の実証実験も実施し、今後、実用化に進むそうです。

てんかんや睡眠障害で医療AIの応用が果たせれば、社会的な貢献度は高いです。例えば、てんかんの発作は転倒や交通事故、溺水リスクが高く、推計で年間1.6兆円の社会的損失につながるとされます(米国の疫学データから推算)。睡眠障害も、治療につながれば生活習慣病の予防になります。生活習慣病の社会的損失も大きく、これらは社会保障費の削減に直結します。

医療AIについて、藤原准教授は循環器系や、ヒトだけではなく動物の研究に応用範囲を広げたいと将来を見据えています。一例では、麻布大学、奈良先端科学技術大学、熊本大学と名古屋大学で実施したイヌとヒトの関係についての研究があります。飼い主のヒトとイヌ13組にそれぞれ心拍計を装着し、イヌから見える場所でヒトに暗算や文章説明などの心的ストレスを与えたところ、数組の飼い主とイヌのペアで心拍変動解析の数値が同期化しました。同期化しないペアと比較したところ、同期しやすいペアは飼育期間が長いことが分かったと言います。センサーを使った10秒単位の計測データの解析により、ヒトの情動変化がイヌの情動変化へと伝染すること、一緒に生活した時間の長さで起こりやすさに差があることが分かりました。
また、製薬企業と連携し、新薬開発の動物実験で動物の心拍データをモニタリングし、毒性による影響を最低限に抑える、という研究も進めています。

医療AIの開発と実用化はこれからの分野です。人材育成が課題で、若手に興味を持ってもらう取り組みのほか、データに直接触れる臨床医に研修医に対し、研究室に来てもらい直接AIの知識を教育する、といった努力をしているそうです。


■IEEEについて
IEEEは、世界最大の技術専門家の組織であり、人類に恩恵をもたらす技術の進展に貢献しています。160カ国、40万人以上のエンジニアや技術専門会の会員を擁する非営利団体で、論文誌の発行、国際会議の開催、技術標準化などを行うとともに、諸活動を通じて世界中の工学やその他専門技術職のための信用性の高い「声」として役立っています。IEEEは、電機・電子工学およびコンピューターサイエンス分野における世界の文献の30%を出版、2,000以上の現行標準を策定し、年間1,800を超える国際会議を開催しています。

詳しくは http://www.ieee.org をご覧ください。


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