コラム

旧東ドイツ人は、その後の時代をどう生きてきたのか 『希望の灯り』

2019年04月04日(木)16時30分

『希望の灯り』(c) 2018 Sommerhaus Filmproduktion GmbH

<旧東ドイツ人は、ベルリンの壁崩壊後の時代をどのように生きてきたのか。一見どこにでもある小さな世界を描いているように見えるが、深く心を揺さぶられる>

1989年11月にベルリンの壁が崩壊し、翌年の10月、東ドイツはドイツ連邦共和国に統合された。共産主義から資本主義への移行という大変革に直面した旧東ドイツ人は、その後の時代をどのように生きてきたのか。

ドイツの新鋭トーマス・ステューバー監督『希望の灯り』では、ライプツィヒ郊外にある巨大スーパーマーケットを舞台に、そこで働く旧東ドイツ人たちの姿が描き出される。

原作は、クレメンス・マイヤーが2008年に発表した短編集『夜と灯りと』に収められた「通路にて」。1981年生まれのステューバーと1977年生まれのマイヤーは、ともに旧東ドイツ出身で、以前からタッグを組み、共同で脚本を手がけてきた。本作では、そんなコンビの経験や洞察、想像力が、スーパーマーケットという舞台を異空間に変え、旧東ドイツ人たちの複雑な立場や心情を炙り出していく。

旧東ドイツ人たちのささやかな抵抗

物語は、20代後半の主人公クリスティアンが、在庫管理担当としてスーパーマーケットで働き出すところから始まる。彼はとても無口で、注意していないと袖や襟元から見えてしまうようなタトゥーを入れている。取っつきやすい人物とはいえないが、同僚たちは、適度な距離を保ちながら彼を温かく見守る。

現場でクリスティアンを指導する飲料担当のブルーノは、黙々と働く彼のことを気に入り、フォークリフトの操作方法を教え、支えになっていく。クリスティアンは通路で、菓子担当の年上の女性マリオンに出会い、その謎めいた魅力に惹かれていく。やがて彼女には夫がいて、幸福とはいえない結婚生活を送っていることがわかる。

クリスティアンが同僚たちから学ぶのは、仕事だけではない。店内は禁煙だが、同僚の多くは隠れて煙草を吸っている。クリスティアンもブルーノにつきあい、店内の片隅やトイレでとる休憩が、彼らの距離を縮めていく。まだ食べられる食品類を処分する場面では、「おやつは食うなよ、ボスに見つかったらクビになる」とクリスティアンに警告した同僚のルディが、すかさずソーセージをつまんで見せる。

この煙草やおやつのエピソードは、同僚たちのゆるやかな連帯関係を示唆している。そんな関係の源は東ドイツ時代にある。ブルーノは休憩中にクリスティアンにこんな話をする。


「東ドイツ時代、ここはトラック運送人民公社だった。ルディやウォルフガングも一緒に働いていた。クラウスもだ。だが時代の流れでそこは閉鎖、今の会社に買収された。再統一の勝者だ。"F6"はトラック野郎の煙草だ。アウトバーンからドレスデンの煙草工場が見えると、帰ってきたとホッとしたもんだ」

煙草やおやつは、負け組となった旧東ドイツ人たちの勝者に対するささやかな抵抗と見ることもできる。しかし、ブルーノの言葉が意味しているのはそれだけではない。

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

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