コラム

インドに足元をみられる? カナダ人シーク教徒「暗殺」疑惑で先進国が直面するジレンマ

2023年10月04日(水)15時25分
バンクーバーのインド総領事館の前に集って抗議するシーク教徒

バンクーバーのインド総領事館の前に集って抗議するシーク教徒(9月25日) Jennifer Gauthier-REUTERS

<6月にカナダでシーク教徒の独立運動指導者が殺害された事件をめぐってインドの諜報機関の関与が疑われているが、カナダもアメリカもこの問題ができるだけ深刻化しないよう配慮している>


・シーク教徒のカナダ市民が殺害された事件をめぐり、カナダやアメリカとインドの外交的な摩擦が表面化している。

・カナダやアメリカはこの事件にインド諜報機関が関与していたとみている。

・この背景には、インドで過激なヒンドゥー教徒による異教徒への迫害がある。

大国化するインドには、これまでより思い切った行動をとる余地が広がっている。

FBIもアメリカ市民に注意喚起

アメリカのブリンケン国務長官は9月29日、訪米したインドのジャイシャンカル外務大臣にカナダの調査に協力するよう要請した。これはカナダとインドの外交摩擦を念頭に置いたものだ。

カナダ政府は9月18日、6月にブリティッシュ・コロンビア州で発生したシン・ニジャール氏の殺害にインド諜報機関が関与している「確度の高い疑惑」を持っていると明らかにした。

この事件は6月18日、バンクーバー郊外で発生した。ニジャール氏がシーク(シク)教寺院から出たところを覆面の二人組に銃殺されたのだ。

ニジャール氏はインド北部パンジャブ州の出身だが、1997年にカナダに移住し、2007年には市民権も取得していた。

その一方で、シーク教徒の多いパンジャブ州をインドから分離独立させることを目指すカリスタン運動の指導者の一人として、インド政府から「テロリスト」に指定されていた。

カナダ外務省は「外国政府が市民の殺害に関わることは受け入れられない主権の侵害」と批判する。

これに対して、インド政府は疑惑を否定し、カナダとの間でそれぞれ大使を召喚させる外交対立に発展した。

この事態にアメリカは基本的にカナダを支持しており、FBI(連邦捜査局)はアメリカ居住のシーク教徒にも注意を促している。ブリンケンの発言はこれを反映したものである。

シーク教総本山での衝突

この疑惑の背景にあるシーク教徒の分離運動について、ここで簡単にみておこう。

シーク教徒はパンジャブ州を中心に世界に2600万人ほどいるとみられているが、ヒンドゥー教徒が大多数を占めるインドでは人口の2%ほどを占めるに過ぎない。

独立後、シーク教徒の間にはパンジャブ州の自治権拡大を求める機運が高まり、それを警戒するインド政府との緊張は高まった。パンジャブ州の産業振興が遅れがちで、失業者が増えたことも、シーク教徒の不満を呼びやすかった。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

EU産ブランデー関税、34社が回避へ 友好的協議で

ワールド

赤沢再生相、ラトニック米商務長官と3日と5日に電話

ワールド

マスク氏、「アメリカ党」結成と投稿 自由取り戻すと

ワールド

OPECプラス有志国、増産拡大 8月54.8万バレ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 3
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚人コーチ」が説く、正しい筋肉の鍛え方とは?【スクワット編】
  • 4
    孫正義「最後の賭け」──5000億ドルAI投資に託す復活…
  • 5
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 6
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 7
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 8
    「詐欺だ」「環境への配慮に欠ける」メーガン妃ブラ…
  • 9
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 10
    反省の色なし...ライブ中に女性客が乱入、演奏中止に…
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 3
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコに1400万人が注目
  • 4
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 5
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 6
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 7
    【クイズ】「宗教を捨てる人」が最も多い宗教はどれ?
  • 8
    普通に頼んだのに...マクドナルドから渡された「とん…
  • 9
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 10
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 5
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 6
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 9
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 10
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story