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アングル:福島産米を低炭素プラに、コメ作りと産業結び復興後押し

2023年03月11日(土)08時10分

 3月9日、自分の田んぼの向いの土地を掘り起こす人々を眺めながら、福島県浪江町で農業を営む阿部仁一さん(85)は、明るい笑顔を見せていた。写真はコメを使用したバイオマスプラスチックのペレット。2月、福島県浪江町にあるバイオマスレジンの工場で撮影(2023年 ロイター/Kim Kyung-Hoon)

Elaine Lies

[福島県浪江町 9日 ロイター] - 自分の田んぼの向いの土地を掘り起こす人々を眺めながら、福島県浪江町で農業を営む阿部仁一さん(85)は、明るい笑顔を見せていた。12年前、福島第一原子力発電所の事故により放射能が広がった多くの土地が、この作業によって再び活用できるようになるからだ。

それだけではない。阿部さんや生産組合が生産する非食用米には、固定の買い手が付く。コメを原料に、二酸化炭素の排出量を抑えられるプラスチックを生産して全国の大企業に売り込んでいるベンチャー企業だ。東日本大震災の復興にいまだ苦しむ浪江町にとって、新たな希望の光となっている。

昨年11月、都内に本社を置くバイオマスレジンが、福島県産のコメをペレット(球粒)状に加工する工場を浪江町に開設。ここで作られた原料はバイオマスプラスチックとして、チェーン店のカトラリーやテイクアウト容器のほか、郵便局のレジ袋、日本有数の国際空港で買えるお土産品などに生まれ変わっている。

13代続く農家の阿部さんは、コメ作りなしでは浪江町は元通りには復興できないと話す。震災以降、同町産のコメは風評被害から売ることが非常に難しくなり、動物用飼料などに使われてきた。

「浜通り(福島県沿岸部)のコメは、今でも福島ブランドとして出荷できない。バイオマスさんが私たちが作っているお米を買い取ってくれると、心配なく作れる」

かつては製陶業や農業が盛んだった浪江町は、山林地帯や平野から沿岸部にまで広がり、福島第一原子力発電所からは一番近い地域でわずか約4キロの距離にある。原発を運営する東京電力ホールディングス<9501.T>は、阿部さんの息子や孫も含め、地元に多くの雇用を提供してきた。震災の津波被害に遭った小学校の下にある請戸海岸からは、原発の煙突がはっきりと見える。

この津波はすさまじい勢いで原発にも押し寄せ、メルトダウン(炉心溶融)や水素爆発を引き起こした。浪江町の住民は震災翌日の3月12日には内陸に避難したものの、放射線量が上昇したため、着のみ着のまま、わずかな荷物を手に町外へと避難するよう指示が出された。

除染作業が進み避難指示が一部解除される2017年まで、浪江町は居住できない地域となっていた。除染作業で撤去された何トンもの放射能汚染された土は、何年間も町内に「保管」されたままだ。阿部さんの農地の真向かいにある土地にも置かれているという。いまも町の面積の80%には立ち入ることができず、震災前に約2万1000人いた住民のうち帰還した人は2000人に満たない。

町にあるのは大きな商業施設1軒と、診療所1軒、歯科医院2軒、統合された小中学校が1校だ。働き口は限られている。

町産業振興課の近野悟史・産業創出係長は、困難な状況を認めつつ、「基本的には雇用をたくさん産んでくれる企業」を求めていると話す。

    2017年以降、コンクリート工場や養殖業、電気自動車(EV)バッテリーのリサイクル業など、8企業が参入。約200人に雇用を生んでいる。他の企業や研究機関とも話を進めているという。

    <4つの災害>

バイオマスレジンの整然とした工場は、かつて原発の建設予定地だった場所に建てられた、新しい工場の一つだ。

バイオマスレジン福島の今津健充社長によれば、浪江町は「4つの被害」に見舞われてきた。地震、津波、原発事故、そして放射能汚染を巡る風評被害だ。

    今津氏は、地震と津波の被害からはかなり復興しているとしつつ、原発の被害と風評被害はまだまだ色濃く残っていると話す。ここに工場を建設したのは、雇用を提供し、住民に帰還を促す後押しをする狙いもあるという。

工場のレーンからは、コメが焼ける香ばしい匂いが漂ってくる。コメは小さなプラスチックのビーズと混ぜられて、熱され、練られてから細長い棒状に成形された後、冷やされ、茶色いペレット状に刻まれる。ペレットのコメの含有量は50%か70%で、プラスチック製品を作る企業へと出荷されていく。

このバイオマスプラスチックは非生分解性ではあるが、コメを使うことで石油系の原料の使用を削減できると今津氏は説明する。同時に浪江町でのコメの栽培量を増やすことができ、大気中の二酸化炭素量を減らすことにもつながるという。

    放射能汚染の専門家によると、コメの放射性セシウムの吸収量はもともと少ない。追加検査でも厳格な基準値を超えたコメはなく、従って、こうしたコメを使用したプラスチックにも問題はないという。

    土壌化学を専門とする京都府立大の中尾淳准教授は、安全上の問題はないと言う。

「風評被害を懸念して非食用途で消費されることは残念だが、汚染が残る土壌で生産されるお米に対する忌避感情を全否定することも難しいのは理解する」と、中尾氏は話す。

バイオマスレジンは浪江町に戻ってきた20代の人をはじめ、10人を現地採用。さらに雇用を拡大したい考えだ。

現在、浪江町産のコメは50トンほどしか使われておらず、全体の使用量1500トンのうちの残りは主に県内の他の地域から収穫されたものだ。ただ、来年は除染作業を終えた阿部さんや生産組合の土地でできたコメの買い入れを増やす予定だという。

阿部さんは、近々東京電力を停年退職する息子もコメ作りに参加する予定だとして、期待に胸を膨らませている。バイオマスプラスチックの原料となるコメ作りは、浪江町が復興に向けて前進し続けるために重要で、町のためになると評価した。

*動画を付けて再送します。

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