1997年9月5日、エリザベス女王はテレビの生放送でダイアナ元皇太子妃を追悼した VIDEO DOCUMENT/Stringer/Reuters Pictures
イギリス史に関する多くの著書を執筆し、「王室専門家」としても活躍する君塚直隆・駒澤大学法学部政治学科教授に、比較文化が専門でアステイオン編集委員をつとめる佐伯順子・同志社大学大学院社会学研究科メディア学専攻教授が聞く。『アステイオン』101号より「イギリス王室の生命力」を転載。本編は後編。
※【前編】イギリス王室は日本の皇室とは何が違うのか?...戴冠式の宗教的意味から考える から続く。
佐伯 「権威」と「権力」の観点からイギリスの王権と宗教の関わりを考えてまいりましたが、先生にぜひお伺いしたいのは、ここから私たちは何を学ぶことができるだろうかということです。
20世紀をふり返りますと、両国は、日英同盟から第二次世界大戦における敵対関係を経て、現在では同じ西側陣営に属するようになりました。
21世紀に入り、2024年6月には皇室と王室の交流を通じて、両国の親善が目に見えるかたちで友好的に展開しましたが、ご教示のように、両国は表面的には似ているようにみえて、異なっている面も多い。
そこを踏まえて、日本社会における政治と信仰、現代の民主主義社会における皇族方と現代の市民生活や宗教との理想的な関わり方についてのヒントを何か見いだせるでしょうか。
君塚 日本での宗教というのは難しい問題ですね。宗教に関するアンケートには「自分は無宗教だ」という回答が多い。
よく言われるように、楽しいパーティとしてクリスマスを祝う一方で、お寺の除夜の鐘を聞き、その直後に神社に初詣に行く。子どものときは七五三のお祝いをし、結婚式ではウェディングドレスを着ますね。さまざまな宗教儀式が入り乱れているのをヨーロッパの人たちは理解しがたいかもしれませんが、亡くなると大半は仏式の葬儀を行ないます。本当に無宗教と言えるのかどうか。
他方、イギリスについて見てみると、1985年の世論調査で「自分はキリスト教徒だ」と答えたイギリス人は63%、「無宗教」は34%でした。それが25年後の2010年の統計では「キリスト教徒」42%、「無宗教」51%となっています。さらに年月を経た現在、「キリスト教徒」の数はもっと減っているかもしれない。
ここで1つ申し上げたいのは、チャールズ国王は異宗教間の対話を大切にする人だということです。2023年の戴冠式では従来どおりソロモン以来のキリスト教が強調されたのですが、その一方で、「国王承認」の儀式ではカトリックや東方正教会など他の宗派の聖職者からも承認を受けています。
プロテスタント系聖職者は女性でしたし、黒人の方もいました。70年前のエリザベス女王の戴冠式は完全にイングランド国教会が牛耳っており、聖職者全員が白人男性でしたから、たいへんな様変わりです。さらに、ウェストミンスター修道院を退場する際には、仏教、ヒンドゥー、イスラーム、シク教、ユダヤ教等々、他宗教の高位聖職者からの祝福も受けました。この点ではまったく新たな儀式だったのです。
イギリスも現在多文化になっています。イングランド国教会信者ばかりでなくキリスト教信者全体も減少しています。かといって、先ほど申し上げたように他宗教の信者が必ずしも多いわけでもなく、「無宗教」という答えも多いのです。
2001年に9.11アメリカ同時多発テロ事件が起きて、イスラームに対する非難が世界中で高まるなか、エリザベス女王はその年のクリスマス・メッセージで「イングランドの国の宗教はキリスト教だが、他のイスラーム、ヒンドゥー、シク教などからも多くの示唆を受けている」ということを言われました。
それをさらに進めたのが今のチャールズ国王だと思います。イングランド国教会の首長でもある国王は、時代とともに変わらなければいけない、ということが現れていると思います。