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ジャーナリズム

「嫌な世の中です」...誹謗中傷が奪った、ある地方議員の命から問う「SNS時代のジャーナリズム」

2025年07月23日(水)11時00分
磨井慎吾(『中央公論』編集部)
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Julian Christ-Unsplash


<SNSでは奇怪な逆張りや陰謀論が優勢になり、オールドメディアでは「コタツ記事」を量産せざるを得なくなっている...。「持続可能なジャーナリズム」は可能なのか>


「ご心配ありがとうございます!!嫌な世の中です。また落ち着いたら!」

故竹内英明・兵庫県議会議員から私が最後に受け取ったLINEメッセージには、そう記されていた。2024年11月18日、竹内氏が議員辞職したとのニュースに接し、慌てて連絡した際の返信だった。

かつて私は産経新聞記者として姫路支局で勤務しており、姫路市を地盤とする竹内氏にはよく取材する機会があった。何度も顔を合わせるうちに、歳が近いこともあって意気投合し、私が東京本社に異動した後も交流は続いていた。

私の知る限り、彼ほど優秀で精力的に働く地方議員はいない。個人としても明るく快活で、そして強い人だった。健全な議会制民主主義の確立が日本社会を良くすると信じ、有権者のために日夜奔走する竹内氏の情熱と気力体力にはつねづね感銘を受けていたが、その彼が議員を辞めるとは――。

冒頭のやり取りの前日に行われた兵庫県知事選挙では、パワハラ問題などで県議会の不信任議決を受けて失職した前知事の斎藤元彦氏が、事前の予想を覆す形で再選していた。

再選の原動力としては、斎藤氏を「県庁やオールドメディアなど既得権益勢力に挑んで潰された被害者」とみなして擁護する言説がSNSや動画サイトで拡散したことが指摘されている。

インターネット上でそうした陰謀論的ムーブメントが過熱する中、竹内氏は「斎藤知事を貶めた主犯格」と位置づけられ、大量の誹謗中傷を受けていた。信頼していた地元の有権者が、徐々に荒唐無稽な陰謀論に染まってデマをまき散らすようになっていく状況は、耐え難いものがあっただろう。

選挙後も悪意ある風説の流布や嫌がらせ電話は執拗に続き、竹内氏は2025年1月、自宅で亡くなった。このことが、今も心の中に重くわだかまっている。

◇ ◇ ◇

2024年は、日本の「SNS選挙元年」だった。兵庫県知事選挙をはじめ、その4カ月前に行われた東京都知事選挙などに際し、SNSや動画サイトといったネット空間で行われた情報戦が選挙結果に大きな影響を及ぼしたとされる。

そうした場において、新聞や雑誌、テレビに代表される「オールドメディア」は否定的に捉えられており、その存在感は急速に低下しているように映る。

政治の対立軸が、旧来の「左右」から、既成政党と新興勢力という「新旧」へと移行する中で、メディアも同様の対立軸に組み込まれつつある。だが、その対立軸設定では、「ジャーナリズム」が失われてしまうのではないか――。

『アステイオン』102号の特集「アカデミック・ジャーナリズム2」の背景にあるのは、まさにこうした危機意識だろう。

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