佐伯 ウィリアム皇太子のホームレス支援は、現地メディアでも好意的にとりあげられていました。
イギリスの王族がそのようにノブレス・オブリージュを目に見えるかたちで示されているように、日本の皇族方も被災地ご訪問や海外との親善ご交流など力をつくされていると思いますが、イギリス王室に比べると見えにくいようにも思うのですが。
君塚 おっしゃるとおりです。しかも皇族の人数が減っているという深刻な問題もあります。皇室の慈善団体への支援活動と発信はいろいろな意味で重要な側面がありますから、積極的にやってほしいと思います。
アン王女は350の団体の総裁を務めていますし、エリザベス女王は、亡くなるまで600の団体の総裁を務め、コロナになってからは、アン王女からやり方を習って毎日はしごで各団体とオンライン会議をこなしていました。
現在でも、私利私欲にとらわれず、公共の福祉のため、さらには国や地球のために貢献するノブレス・オブリージュを実践しているイギリス王族のあり方から学べることは多いと思います。
しかし、そうした貴族ばかりに徳を求めるのではなく、爵位や称号のない私たちも徳を学び、また積むことによって精神的な貴族になることができるのではないでしょうか。
佐伯 徳は社会的立場によらず、すべての人にとって大事ですね。イギリスの立憲君主制を見つめ直すことで、今後の日本社会や国際交流のあり方を考えるうえで貴重なお話を伺うことができました。どうもありがとうございました。
【後記】
近現代社会における王室、皇室の存在意義を考えることは、今後の国際社会を論じる上で核となる論点のひとつである。めったにない戴冠式という節目に渡英した経験から問題意識が高まり、王室研究とイギリス史研究の第一人者である君塚先生から、日英両国の将来をも見据える議論を展開していただくのが本対談の目的であった。
世俗社会と「聖なるもの」を切り結ぶ日英両国の皇室、王室のありかたが浮き彫りになるとともに、短絡的に両者の類似性に注目するのではなく、それぞれの宗教的背景、歴史的背景の相違もふまえたうえで、なお、両者に通底するものが、君塚先生の専門的知見からみえてきたと思う。
イギリス社会における格差や移民の問題を肌で感じながらも、なお社会を多面的に支える王室の「生命力」の源はどこにあるのか─滞英中頭を離れなかったこの問いについて、なによりも社会的責務を果たそうとする「ノーブレス・オブリージュ」、それはすべての人間に必要な精神という結びは、近代市民社会に必須の道徳を説いて感銘深い。同時に、この精神は日本社会では「エリート」の一部に決定的に欠けており、中間層にこそ育まれているのではとの私的感慨を抱いた。
宗教的心性を異にしながらも、日英両国は、国際社会のなかでそれぞれの文化や伝統を維持、尊重しながら生き残るという課題を共有している。この課題は根底で、伝統芸能の継承にも関わる。本対談がその課題へのヒントにならんことを。(佐伯順子)
君塚直隆(Naotaka Kimizuka)
1967年生まれ。駒澤大学法学部政治学科教授。専門は近代イギリス政治外交史。著書に『立憲君主制の現在』(新潮社、サントリー学芸賞)など多数。
佐伯順子(Junko Saeki)
東京都生まれ。同志社大学大学院社会学研究科メディア学専攻教授。専門は比較文化。著書に『「色」と「愛」の比較文化史』(岩波書店、サントリー学芸賞)など多数。
『アステイオン』101号
公益財団法人サントリー文化財団・アステイオン編集委員会[編]
CCCメディアハウス[刊]
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