君塚 イギリスでは、大衆を無視して政治はできないということが特に第一次世界大戦以後に明確になったんです。第一次世界大戦は「いとこたちの戦争」とも呼ばれますが、事実上の絶対君主であったニコライ2世、専制君主のヴィルヘルム2世はともに、苦戦が続くと大本営にこもり国民の前に姿を現しません。
その大本営は、ペテルブルクからはるか離れた現在のベラルーシ、あるいはベルリンのはるか西のベルギーのスパでしたから、国民が飢えて「パンよこせ」になっている状況も把握できず、そのことが革命につながっていきますね。
一方、ジョージ5世国王は、エリザベス女王の祖父に当たりますが、気さくで国民の間に入っていくような王様でした。また立憲君主ですから、戦争はロイド=ジョージをはじめとする政府や軍部に任せ、自身は彼らにはできない巡幸をします。
大戦の4年の間に、陸軍海軍それぞれの閲兵式は実に450回、病院への見舞い、看護師への激励300回、港湾、工場労働者への激励300回。さらに、イギリスは今でもそうですが、大戦中も5万人以上の国民一人ひとりに君主みずから勲章を授けました。
このため、もちろん結果が勝利に終わったこともありますが、「王様と一緒に戦った戦争」という認識がイギリス国民に根付きましたし、国王も「国民と一緒に戦った戦争」ということを感じたわけです。
この「国民と共にある」という意識から、ジョージ5世は1932年に、BBCのラジオ放送で帝国臣民に向けたクリスマス・メッセージを初めて発しました。エリザベス女王は1952年に即位した年からこれを毎年続けたんですね。
唯一の例外が1969年です。BBCがロイヤルファミリーの特別番組を作ったこの年は、その番組を流しました。クリスマス・メッセージは、1957年からは白黒テレビ、67年からはカラーテレビで流され、今ではユーチューブにも接続されています。
普段からこのような発信を続けているからこそ、いざというときの非常事態にも対応できたという好例が、コロナが全世界に広がった2020年に発したメッセージでした。
ボリス・ジョンソン首相がコロナに感染して危篤状態というときに、BBCの夜のニュース番組で女王みずから発したメッセージは2400万人が生で見た、そしてユーチューブもあわせると全国民が見た、と言われました。
チャールズ皇太子もコロナに感染しましたから余計に、「この人こそが国民統合の象徴だ」と強く感じられたようです。常にやっているからいざというときにもできるのです。「日本の皇室もやったほうがいい」と私は何年も前から言っています。