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対談

「失敗」からすぐに学んだエリザベス女王...「イギリス王室の生命力」とは?

2025年05月07日(水)11時05分
君塚直隆+佐伯順子(構成:置塩 文)

現代のノブレス・オブリージュ

佐伯 私も戴冠式前に現地の方から、「新国王はダイバーシティを強く意識していて、それを目に見える形で戴冠式に取り入れることで、新しい王室の可能性を示している」と、王室が時代と市民に寄り添う姿勢を常に重視しているとの説明を受けました。

現在のイギリスは、往時の大英帝国に比べれば政治的、経済的パワーが衰えているように言われることもありますが、王室は時代に柔軟に適応することで、依然として偉大なるユナイテッド・キングダムという国際社会における存在感を示しているようにみえます。

しかし、移民も共存し、さきほどのご教示のように、信仰も多様化していますから、ひとつの宗教のもとに国や市民を束ねるのは難しいという歴史的変化があります。

こうした社会的変容をうけて、王室は今後どのような存在意義を維持するのか。それを解く鍵は、先生が『貴族とは何か』で指摘されるノブレス・オブリージュでしょうか。重ねて大きなご質問になりますが、現代社会に即した王室、皇室の社会的意義を、先生はどのようにお考えですか。

君塚 20世紀後半以降のイギリス君主には大きく分けて2つの役割があります。1つは「国家元首(Head of State)」としての役割で、日本の憲法の6条、7条で定める「国事行為」のようなものです。日本の天皇と異なるのは、イギリスの君主が国軍の最高司令官でありイングランド国教会の最高首長も兼ねている点です。

もう1つが「国民の首長(Head of Nation)」としての役割です。慈善団体の支援や、象徴としての役割に加え、さまざまな分野で活躍した国民の表彰、勲章の授与、さまざまな奉仕への鼓舞といった「国民の首長」としての役割の比重が、21世紀の君主制においては「国家元首」としての役割よりも大きくなっているように思います。

イギリスでは、ヨーロッパ大陸よりも早く、1760年代のジョージ3世の時代から、王様や王妃が率先して病院や学校を作り、それが慈善団体になっていきました。

そして、20世紀後半から21世紀のイングランドの王室は、慈善団体や社会的弱者と呼ばれる人たちに積極的に手を差し伸べ、王族たちで分かち合って非常に多くの団体の後援者(パトロン)を務めています。

ウィリアム皇太子は若者ホームレスを支援する比較的新しい団体「センターポイント」に直接関わっていますし、キャサリン妃も幼児虐待防止の団体の活動に大変積極的に関わっています。これまで受け継いできた団体に加え、それぞれの関心分野の団体のパトロンを務めているのです。

日常的にまさに草の根で接触していますから、その人たちが今何をいちばん必要としているか、何をしてほしいかがわかる。軍事、経済、外交などで手一杯の政府が対応しきれずこぼれ落ちる、こうした部分を補完しています。これが現在の王室の最も大きな役割ではないでしょうか。

日本は今、15人ほどの皇族の方で名誉総裁や名誉会長として関わっている団体は100くらいですが、イギリスは15人くらいで3000の団体に関わっています。

そして、インスタグラムやX(旧ツイッター)、ユーチューブなどを通じてその活動を発信することで、王室の重要性や存在意義を国民が理解しますし、現在の社会現象や身体・精神双方にかかわる新たな病気を国民に知らせることもできるのです。

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