<2000年に起きたロシアの原子力潜水艦クルスクの沈没事故。現在のロシアにつながる分岐点、あるいはテレビによるプロパガンダのはじまりを見ることができる......>

2000年8月12日に起きたロシアの原子力潜水艦クルスクの沈没事故を題材にした『潜水艦クルスクの生存者たち』は、トマス・ヴィンターベア監督の新作ではなく、昨年公開されて話題になった『アナザーラウンド』の前作になる。本来なら2019年頃に公開されていたはずだが、ウクライナ侵攻で世界が混迷を極めるいま公開されることで、事故を振り返るだけではなく、もっと深い意味を持つ作品になったといえる。

原子力潜水艦クルスクの沈没事故

ロシア海軍の北方艦隊に所属する潜水艦クルスクは、軍事演習のため乗組員118名を乗せて8月10日に出航。ところが演習中に、発射の準備をしていた魚雷が突然爆発し、数分後に他の魚雷への連鎖爆発が起こり、艦体はバレンツ海の海底に沈没。後方にある第9区画に避難した23名だけが生き残る。

本作では、あらゆる手を尽くして活路を見出そうとする生存者、事故の報せを聞いて動揺する乗組員の家族、救助にあたるロシア海軍のドラマが並行して描かれる。

生存者たちは、司令官ミハイルの指揮のもと、排水ポンプや酸素発生装置を使って当面の窮地を脱し、正時にハンマーで生存を知らせる信号を送り、ひたすら救助を待つ。乗組員の家族はなんとか事故の詳しい情報を聞き出そうとするが、海軍には緘口令が敷かれ、苛立ちをつのらせていく。

クルスクからのハンマーの信号を拾ったロシア海軍の捜索隊は、直ちに救難艇を派遣するが、旧式で整備不良のため失敗を繰り返す。イギリスやノルウェーが救援を申し出るが、ロシア政府は沈没事故の原因は他国船との衝突にあると主張し、軍事機密の塊であるクルスクに近寄らせようとしない。

プーチンが大統領に就任、事故はその3か月後に発生

本作からは当時のロシアがどのような状況にあったのかは見えてこないが、それを頭に入れておくと、この事故が別な意味を持つことになる。元FSB(ロシア連邦保安庁)長官ウラジーミル・プーチンが大統領に就任したのが2000年5月で、事故はその3か月後に発生し、その間にロシアの政治体制は大きく変わろうとしていた。

本作を観ながら筆者が思い出していたのは、アレックス・ゴールドファーブ&マリーナ・リトビネンコの『リトビネンコ暗殺』のことだ。FSBによる暗殺計画を内部告発し、イギリスに亡命して反体制活動をつづけ、放射性物質ポロニウム210で毒殺された元FSB中佐アレクサンドル・リトビネンコの生涯を綴ったノンフィクションだが、クルスクの事故をめぐるプーチンとメディアの関係にもページが割かれている。

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『リトビネンコ暗殺』アレックス・ゴールドファーブ&マリーナ・リトビネンコ 加賀山卓朗訳(早川書房、2007年)

エリツィン時代からプーチン就任当初にかけて、全国ネットのテレビ局であるORT(ロシア公共テレビ)とNTV(独立テレビ)を経営していたのは、ボリス・ベレゾフスキーとウラジーミル・グシンスキーというオリガルヒ(新興財閥)であり、そこには報道の自由があった。

ベレゾフスキーは、ロシア国内で最大の財力と権力を有するオリガルヒで、彼自身がプーチンを推して大統領の地位につかせた仕掛け人だった。彼はプーチンがエリツィンの政策を維持すると信じていたが、大統領となったプーチンは豹変する。

まず、NTVを経営するグシンスキーを最初の標的にして弾圧をはじめた。NTVは大統領選挙の2日前に、クレムリンからの圧力に屈することなく、政府やFSBの企みを追求する番組を放送していた。さらに、地方に自治権を与えたエリツィンの大改革を逆行させ、連邦制度を骨抜きにする地方改革法案を提出する。これに対してベレゾフスキーは、プーチンへの公開質問状を発表して抗議していたた。

大手テレビ局は、政府の支配下に置かれることに