<ソ連邦崩壊後、ジョージア(グルジア)で起きた「アブハジア紛争」は、94年に停戦合意したが、緊張はいまも続く。戦争の不条理さとともに、戦火の中でも人間として生きようとする人々の姿を描く>

アブハジア紛争は、94年に停戦合意したが、緊張はいまも続いている

 1991年にソ連邦が崩壊し、その一共和国だったジョージア(グルジア)は独立するが、ペレストロイカ以後に国内で表面化してきた民族対立が紛争に発展する。ジョージアに属する自治共和国だったアブハジアには、宗教、言語など独自のアイデンティティを持つアブハズ人が居住していた。アブハジアの統合を主張するジョージアの民族主義者に反発してきた彼らは、1992年に独立を宣言し、それを端緒に両者の間で激しい戦闘が繰り広げられ、国が荒廃することになった。

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 このアブハジア紛争は、1994年に停戦合意が成立しているが、緊張はいまも続いている。アブハジアには多民族が混在していた。紛争勃発時にアブハズ人が占める割合は17%で、多数派だった20万人以上のジョージア人が郷里を追われ、いまも国内避難民として生きることを余儀なくされている。ヨーロッパにおけるマイノリティ問題を扱うオンラインジャーナル"JEMIE"に昨年発表された記事では、国内避難民となったジョージア人へのインタビューを通して、その記憶が掘り下げられている。彼らの言葉からは故郷に対する強いノスタルジーが浮かび上がってくる。

 ザザ・ウルシャゼ監督『みかんの丘』(13)とギオルギ・オヴァシュヴィリ監督『とうもろこしの島』(14)は、どちらもアブハジア紛争を題材にしている。ふたりの監督はジョージア出身だが、ジョージア側から紛争をとらえるような作品にはなっていない。

 『みかんの丘』の舞台は、アブハジアのなかでエストニア人が昔から暮らす集落だ。紛争が勃発し、多くのエストニア人が祖国に帰ったが、みかんを栽培するふたりの老人イヴォとマルガスだけが残っている。ある日、近くで戦闘があり、彼らは負傷したふたりの兵士をイヴォの家に運び、そこで介抱する。

 その兵士たちは、アブハジアを支援するチェチェン人のアハメドとジョージア人のニカだ。同じ屋根の下に敵兵がいることを知った彼らは殺意をむき出しにする。だが、イヴォが家のなかで殺し合いを許さないという毅然とした態度を示すと、兵士たちは命の恩人に敬意を払い、手を出さないと約束する。そして、兵士たちの関係が次第に変化していく。

 この映画でまず注目したいのは、アブハジアという土地をめぐる兵士たちの会話だ。チェチェン人のアハメドは、「おまえのような悪魔から小さい国を守る」ためにそこで戦っている。一方、アブハジアが自分の国だと信じるジョージア人のニカは、「歴史が分かるか?学校がなかったのか。読書はしたか。俺の国から出て行け」と応戦する。

 ニカは歴史について具体的なことはなにも語らないが、その「歴史」という言葉には、深い意味が込められているように思える。先述した"JEMIE"の記事には、それを理解するためのヒントがある。この国内避難民へのインタビューでは、20人の一般人と9人の歴史家が取り上げられている。

歴史に呪縛された人々が土地をめぐって争う世界