『ブンミおじさんの森』(2010)でカンヌ映画祭のパルムドールに輝き、世界的な注目を集めるアピチャッポン・ウィーラセタクンは、少年時代から大学生までの多感な時期をタイ東北部イサーン地方の町コーンケンで過ごした。現在の彼はチェンマイ在住だが、そのインスピレーションの源はイサーンにあり、映画もそこで作っている。新作の『光りの墓』(2015)も例外ではない。

 物語は、コーンケンにあるかつて学校だった仮設病院に、松葉杖をついた主婦ジェンが知人の看護師を訪ねるところから始まる。病室に並ぶベッドには、男たちが寝返りを打つこともなく眠っている。やがて彼らがみな兵士で、原因不明の"眠り病"にかかっていることがわかる。ジェンはボランティアとして、見舞いの家族がいない兵士イットの世話をするようになる。さらにその病室で、死者や失踪者の魂と交信したり、前世を見たりする特殊能力を持つ若い女性ケンと出会い、親しくなる。そんなジェンとケン、イットは、いつしか現実と夢、生と死、現在と埋もれた歴史の境界が曖昧になる奇妙な空間に引き込まれていく。

クメールのアニミズムを伝えるタイ東北部

 『ブンミおじさんの森』に登場するブンミは、死の間際に未来を訪れ、独裁者に支配された世界を目の当たりにする。タイでは2014年5月に軍事クーデターが起こり、いまも先行き不透明な状況が続いている。タイにおける政治的な対立は、地域による著しい経済格差に起因し、イサーンもこの問題と深く結びついている。イサーンは経済的な貧困を代表する地域のひとつで、軍事クーデターでは、抗議デモを抑え込むために軍の部隊が派遣されたという。『光りの墓』にはそんな現実が反映されているようにも見える。冒頭では活動中の兵士の姿が映し出され、眠り病にかかるのも兵士に限られているからだ。

 しかし、アピチャッポンが愛着を持っているのは、そんな図式から見えてくる場所ではない。ラオスとカンボジアに接するイサーンは、その歴史を遡ると単純にタイという国の一地域とはいえなくなる。10〜13世紀にはアンコール朝が勢力を拡大し、クメール文化が浸透した。14〜17世紀にはメコン川沿いからラオ系のラーンサーン王国が台頭し、ラオ化が進んだ。そして、19世紀末から20世紀前半にかけてバンコクを頂点とする中央集権化が、信仰や教育などを通して進行する。アピチャッポンはインタビューでイサーンについて、「僕にとっては、クメールのアニミズムを伝える、とてもカラフルな場所です」(プレスより)とも語っている。