<コリオグラファー(振付師)でない写真家や映像作家がつくり出すダンスの作品は、表面的になりがち。かつてダンサーを夢見たアンジェロ・ヴァスタの作品は、何が違うのか>
スポーツとダンスは、写真家や映像作家にとって最も酷な、あるいは難しい撮影ジャンルであるかもしれない。なぜなら、作品がつくり出すその世界の最も魅力的な部分は、被写体、つまりアスリートやダンサーたちの才能と能力に左右されるからだ。
もちろん、舞台裏のフィーチャーものやシーンの組み合わせ方によって、作り手側が独自の世界をつくり出すことは大いに可能だ。しかし、それはあくまでもセカンドストーリーなのである。
とりわけ、後者のダンスはそうだろう。写真家や映像作家が求める作品のビジュアル性の先にあるかもしれない世界には、通常すでにコリオグラファー(振付師)の世界観が存在している。そして、コリオグラファーでない写真家や映像作家がつくり出す、ダンスそのものを基軸とした作品は、いかに美しい、力強いものだとしても、大半が表面的で、単なる作品紹介の域を出ないもので終わってしまいがちなのである。
今回取り上げるのは、そんなダンスをテーマとし、その限界を越えようとしている映像作家だ。イタリアの地方で生まれ育ち、ダンサーを夢見ていたが、その後23歳になってニューヨークに渡り、映像を学んだ30歳のアンジェロ・ヴァスタである。
ヴァスタの作品の最大の魅力の1つは、彼自身がコリオグラファー的要素を兼ね備えていることだ。単に1つの空間でダンサーたちの美や動きを完全にコントロールしようとし、魅力を引き出そうとしているのではない。その都度、垣間見られるであろうシーンごとの演出的要素を組み合わせながら、空間そのものを1つの生き物のように捉えているのである。見る者は時として、舞台にいるような感覚、いやその生き物に同化しているような錯覚にさえ陥るのである。
むろん、ヴァスタはコリオグラファーではない。それについて学んだこともないと言う。また、ダンスも本格的に行っていたわけではない。