<戦禍のマリウポリに生きる市民の日常を撮り続け、志半ばで散った監督の遺作ドキュメンタリーは絶望しかない。しかし、目を背けてはいけない>

カンヌ国際映画祭で上映後のスタンディング・オベーションが宣伝用の「お約束」なのは有名だ。だが昨年5月にドキュメンタリー映画『マリウポリ 7日間の記録』が特別上映された際は、上映前に客席が総立ちになって拍手を送った。

ロシアのウクライナ侵攻直後の昨年3月に激戦地マリウポリに入り、撮影中に親ロシア派勢力に拘束・殺害されたマンタス・クベダラビチウス監督を悼むために。

撮影済みフィルムは助監督だったクベダラビチウスの婚約者により国外へ持ち出され、監督の遺志を継いだ制作チームが編集。未完成の部分もあり、つぎはぎだらけで粗削りだが、かえって悲惨な戦争による混乱で撮影どころではなかったことが伝わってくる。

本作の上映前からカンヌは反戦ムード一色だった。開幕式にはウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領がオンラインで演説。

「独裁者を攻撃し、同時に扇動もしてきた」映画の歴史に触れ、「毎日大勢の人々が命を落としている」状況について「映画は沈黙するのか、それとも語るのか」と訴えた。

本作では頻繁に爆発音がしてカメラが揺れ、すぐ近くに熱い爆弾の破片が飛んでくるが、戦争行為自体は映らない。それでも破壊の証拠は至る所にある。

被弾し炎上した建物、通りに散乱するごみ袋、自宅避難民と化した人々が逃げ惑う姿。カメラは大抵、自宅を破壊された市民たちが避難している教会の片隅から彼らの姿を捉えている。

人類学者から映画監督に転身したクベダラビチウスは2016年にもマリウポリを訪れ、人々の日常を記録したドキュメンタリー映画『マリウポリ』を発表。

その続編ともいうべき本作では物語性を持たせたり、特定の人物に絞ったりする余地はない。何度か出てくる人物もアップにはならず、かなり長い発言にも字幕は付かない。

戦禍の街の日常を延々と

通りのごみや瓦礫を掃いて、文字どおり崩れかけた世界でわずかでも秩序を回復しようとする市民たちの姿は悲痛で、悲しくも滑稽でさえある。

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死を悼まれるような生き方をすること
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