グレタ・トゥーンベリのおかげで、無限にあるはずの私の同情心が、とうとう尽きてしまったのである。23歳のスウェーデン人活動家であるグレタは、フランスに向かい、若き不良たち、いや失礼、革命家たちの仲間に加わることにした。彼らは教科書が足りないせいで、学校に通えなくなっているという。

グレタは案の定、クーフィーヤ(パレスチナの伝統的なスカーフ)を身に着けてパリ郊外のサンドニに現れ、世界中の大人たちに立ち向かうことの大切さを説いた。「フランスをはじめ、世界中の若者がないがしろにされている。今こそ立ち上がり、当然与えられるべきものを要求する時だ……求めているのは、ごく当たり前の最低限のことだけ。世界中の私たちは、フランスの学生たちの行動に注目している。彼らは自ら手本となり、私たちも何をすべきかを示している」

グレタの言う「私たちもすべきこと」とは、学校をさぼり、教師の顔に向けて手製の火炎放射器を噴射することなのだろう。

フランスの教育制度が深刻な問題を抱えていることは十分に考えられる。しかし、退屈な地理や化学の授業を受けるより、突然2週間も休める方がずっと魅力的なのは間違いない。

そして、そこにグレタが信用されない最大の理由がある。グレタは人生そのものを、いや、自分という人間の存在そのものを、学校をさぼって生きることに費やしてきたのだから。

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