スピルバーグが映画に残した最後のせりふ
『ディスクロージャー・デイ』においては、宇宙人が存在するという事実自体は、少なくともワーデックスの上層部と、民間企業と国防総省にまたがる怪しい組織には既に知られている。だが事実を知る者たちも、その意味までは理解できていない。
スキャンロンは、種の違いを超えた絆を築くどころか宇宙人を痛めつける。生け捕りにした宇宙人を、痛みに泣き叫ぶのも構わず生きたまま解剖するのだ。
宇宙人はいるかという問いに終止符を打つだけなら、その存在を示す情報を全世界に開示するだけで十分かもしれない。だが次に何をなすべきかを考えるには、より深く、より直感的なレベルでの理解が必要だ。
だからこそ、食い入るように画面を見つめる全世界の視聴者に向かってマーガレットが口にする最後の言葉──少なくとも現時点では、スピルバーグが映画に残した最後のせりふ──は、「聞いて」というシンプルな願いだ。
『フェイブルマンズ』ほどストレートな自伝的作品ではないものの、『ディスクロージャー・デイ』にも同じような、人生を振り返って「私はどのようにして今の自分になったのか」と自問しているような感覚がある。
スピルバーグは列車が車に突っ込む場面をいずれの作品にも入れることで、暗に両者を結び付けている。『フェイブルマンズ』で示されたように、スピルバーグが映画を作るようになったのは、映画『地上最大のショウ』で見た衝突シーンを自分の手で再現するためだった。
次のページ