「正解は一つ」ではないと気づいた日

支えとなったのは、心と体を立てなおそうと始めた合気道だった。しかし、そこでもまた同じような考え方に陥りかけ、ある「気づき」を得る。

昨日、師範からはこう教えられていた。

「相手の腕をしっかり持って中心を崩してください。遠慮して指先だけで動かそうとしても技にかかりません」

その言葉を忘れまいと、今朝の稽古では相手の手首を強く握り、腰を落として踏み込んだ。ところが、師範は私の腕に手を添えると首を振った。

「日野山さん、握りすぎです。そんなに力を入れたら、相手の動きがわからなくなりますよ」

「でも、昨日はしっかり持てと言われましたよね。先生、昨日と言っていることが違いませんか?」

師範は表情を変えず平然と答えた。

「相手も違えば、立つ位置も、力の方向も違う。昨日と同じ指導になるわけがありません。言葉だけを覚えて動くと必ず遅れます。今、目の前の相手がどう動いているかを感じてください」

そのひと言で目が覚めるような気がした。「正解は一つ」ではない。(199〜200ページより)

そんななか、異業種を転々としていた著者は、蕎麦粉を製造・販売する小さな会社を経営する旧友からの誘いを受ける。地方では販売に苦戦している「深大寺そば」の営業を任せたいのだと。こうして、この小さなそばメーカーに営業マンとして入社したのだった。

営業の相手も商品も違うのに、よく名古屋支店時代を思い出す。初対面の相手と雑談から入り、話を聞き、信頼関係を築く。商品の特徴だけではなく、「なぜ、この商品なのか」という背景を語る。最後は自分という人間を信用してもらう。売るものが株からそばへ変わっただけで、営業の本質は何ひとつ変わっていないのだ。(204〜205ページより)

その会社に勤めてから1年半。証券会社をやめてから経験した仕事のなかでは、もっとも長く続いているそうだ。

証券マンひりひり日記

『証券マンひりひり日記』

日野山 大・著
三五館シンシャ/フォレスト出版

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[筆者]
印南敦史
1962年生まれ。東京都出身。作家、書評家。広告代理店勤務時代にライターとして活動開始。他に、ライフハッカー[日本版]、東洋経済オンライン、サライ.jpなどで連載を持つほか、「ダ・ヴィンチ」などにも寄稿。『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)、『この世界の中心は、中央線なのかもしれない。』(辰巳出版)など著作多数。2020年6月、日本一ネットにより「書評執筆本数日本一」に認定された。

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