アスリートの代理人なら、クライアントに1500万ドルのスポンサー契約が舞い込めば、ダンクシュートを決める前にサインさせるだろう。だが、そのときリッチ・ポールにはもっと大きなチャンスが見えていた。
「契約をまとめるだけなら誰にでもできる」と、現在45歳のポールは本誌のオフィスで窓の外を眺めながら語る。「ただし、ビジネスを築くのは別の話だ。チャンスを肌で感じなければならない」
ポールはマクドナルドから確実に支払われる1500万ドルの契約を蹴り、はるかに規模の小さいファストフードチェーンのブレイズ・ピザに100万ドル出資することを選んだ。その持ち分の価値は現在、推定で3000万ドルを超えている。
そして、このクライアント──レブロン・ジェームズは後に、現役NBA選手として初めてビリオネアになった。
ポールが当時高校生だったジェームズと出会ったのは2001年。オハイオ州のアクロン・カントン空港で、ポールが着ていたビンテージのジャージをきっかけに言葉を交わした。2人は友人となり、やがてビジネスパートナーになった。
ジェームズが03年に高卒ルーキーとしてドラフト1位でクリーブランド・キャバリアーズに指名されて以来、ポールは共に仕事をしている。12年には正式に代理人となり、NBAキャリアで最も実り多い10年間を支えてきた。
その関係がポールの成功を導いたことは間違いない。しかし同時に、格好の批判材料にもなった。ジェームズ頼みの代理人で、影響力も借り物にすぎない、と。