※この記事は後編です。前編「5日間断水、武力政変にテロ…全土に退避勧告が出る西アフリカで暮らす日本人が語った『日常』」はリンクからご覧ください。

2⁠0⁠2⁠3⁠年⁠8⁠月、増村友博さん(当時25歳)は3⁠カ⁠月の契約で西アフリカの内陸国、マリの首都バマコへ渡った。フランス語も現地語のバンバラ語もほとんど話せなかったが、滞在を延長。約3年にわたって現地で暮らし、働いている。その間、電子商取引事業や道路整備に取り組み、停電や断水が日常化した生活を送ってきた。

外務省はマリ全土に、最高段階のレベル4「退避勧告」を出している。2⁠0⁠2⁠6⁠年⁠4⁠月⁠2⁠5⁠日にはバマコ近郊を含む各地で国軍施設などが同時に襲撃され、カマラ国防相が死亡。6⁠月⁠2⁠6⁠日には在マリ日本国大使館も一時閉館した。

それでも、増村さんは今なおマリに留まっている。高い危険性の中でも続く市民の日常と、そこで何を見てきたのかを聞いた。

停電と断水が日常茶飯事…マリ生活の実態

現地で暮らすには十分なお金をもらえてはいるものの、マリに順応するのは簡単ではなかった。

仕事では英語を使えたが、生活にはフランス語とバンバラ語が欠かせなかった。増村さんは学校へ通うのではなく、近所や仕事先の人に言葉を尋ね、書き留めて覚えた。教えてもらうこと自体が会話のきっかけになり、少しずつ冗談も交わせるようになった。

マリ人と食事を共にする
マリ人と食事を共にする (増村さん提供)
生活面でも苦労の連続
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