だが、時代とともに社会は変わっていく。優生保護法は1996年に「母体保護法」に変更されたことで実質的になくなったため、国家の出生への介入は行われることはなくなった。このころ、英国で生まれたのが、疾患胚を排除することで、遺伝病を次代に受け継がせない「着床前診断」という医療技術だった。

アメリカやイギリスでは、着床前診断は2000年代にはごく普通に行われるようになった。にもかかわらず、日本では「成人に達するまでに死にいたる」ような遺伝病でなくては認められないという規制が固まる。下山さんはこう語る。

「障がい者に寄り添うべきだ。命を選別してはいけない。差別を許してはいけない──。こうした声はいずれも正論ですが、『寄り添う』だけでは見えてこない事実もあります。だからこそ、なぜ日本で着床前診断にこれほど厳しい規制が課されたのかを掘り起こさなくてはいけないと思いました」

実名で理不尽を問う、「着床前診断を認めてほしい」という渾身の申請

なぜ、最近までこの問題に楔を打つ人はいなかったのだろうか。私は素朴な疑問を下山さんにぶつけた。

「楔を打ったのは、自身も網膜芽細胞腫のサバイバーである野口麻衣子さんが、我が子とともに顔と名前をさらして、その理不尽を世に問うたことです」

2016年頃のことだ。野口さんは第2子がそれを遺伝で受け継いだことから、第3子には着床前診断によって遺伝病を受け継がせないようにしたいと考えた。自然妊娠だと約50%の確率で網膜芽細胞腫を発症する子供が生まれる。着床前診断でそうした胚を排除すれば、健康な子供が生まれるというロジックだ。ところが、5つの大きな病院に問い合わせても、「網膜芽細胞腫は生命予後に関係がないので難しいと思う」という回答だったという。

それぞれの立場に、積み重ねてきた歴史や時代背景が
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