──ライブドア事件やウィニー事件には、「出る杭(くい)は打たれる」という要素もあったと思う。
それもある。ネットは個の力を引き出し、新しい挑戦を可能にする技術。だから非常に個性の強いチャレンジャーが現れるし、ガレージから新しい企業が生まれる世界だ。
しかし、日本では高度成長やバブル期の成功体験を持った経済界のエスタブリッシュメントが、そうした変革に抵抗した。インターネットを新しい価値を生み出す基盤ではなく、コスト削減の道具として使う方向に矮小化してしまった面がある。
ちょうどバブル経済がはじけて、バランスシート不況のただ中にあったことも、コスト削減志向に拍車をかけた。
──福島第一原発事故についても多くのページを割いている。この事故を含め、戦後日本の失敗の本質はどこにあったと考えるか。
一言で言うのは難しいが、あえて言えば、独立思考と自立の精神の欠如ではないか。
原発事故の時にも書いたが、ムラの論理で「空気のガバナンス」が働き、予定調和の中での落としどころも決まってしまっている。そこには忖度もある。
本当の意味でフロンティアを切り開くような切迫感の中で、ぶつかり合いながら新しい価値を生み出していく。その過程から生まれるクリエーティブな力を封じ込めてしまっているのではないか。独立思考の欠如ということだ。
もう1つは、自立の精神だ。これは外交や安全保障だけでなく、日本が国際社会でどういう立ち位置を取るかという問題でもある。自分で自分を守る。自国のパワーを正確に測り、相手との力関係を冷静に見極める。パワーは相対的なものだ。自分が強くなっても相手がそれ以上に強くなれば、相対的には弱くなる。
英語で “Whatʼs measured gets managed” という言葉がある。測ることによって初めて管理できるという意味だ。自分自身を突き放して見つめる姿勢が必要だ。