日本人選手が「伝統」になったクラブも
日本人選手が「伝統」になったクラブもある。スコットランドのセルティックだ。始まりは05年に加入した中村俊輔。彼のフリーキックは、元イングランド代表選手で清水エスパルスや柏レイソルの監督も務めたスティーブ・ペリマンが「左足で豆の缶を開けられる」と称賛した。
今では、セルティックの愛称「Bhoys(ボーイズ)」にちなんで「ジャパニーズ・ボーイズ」と親しまれる日本人選手は、1人にとどまらない。前田大然が今年5月に宿敵レンジャーズ戦で決めたオーバーヘッド弾は、クラブの歴史に刻まれた。旗手怜央と古橋亨梧(現バーミンガム)も長くセルティックを支えてきた。敬意を表して侍の格好をし、日の丸を掲げて応援するファンもいる。
日本人選手にまつわる名言をもう1つ。トッテナムのハリー・レドナップ監督は10年、「ベントレーをホンダと取り替えたい」と語った。自動車メーカーの名をもじった冗談だ。レドナップには高給取りだが期待外れのMFデービッド・ベントリーより、10年W杯でも活躍した本田圭佑のほうが優れて見えたのだろう。
国際大会における日本代表の進歩は目覚ましいが、一直線に右肩上がりだったわけではない。常に前の世代より強くなっているとしても、過去の日本代表と対戦するわけではない。戦う相手は世界最高レベルのチームで、ライバルも進化している。
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