日本の国旗損壊をめぐる議論を見て、私が人生で初めて経験した激しい論争の光景が脳裏によみがえった。普段は親切で穏やかな大人たちが声を荒らげる様子に私はショックを受けたものだ。
私の小学校では毎朝、星条旗に忠誠を誓うことから1日が始まった。そして教師たちは国旗とその意味をめぐり論争を繰り広げた。幼い私には議論の内容は理解できなかったが、その論争がどれほど感情的で重要なものに見えたかという点では強く印象に残った。教師たちが激しく言い争うのを見たのは、その時だけだった。
日本の自民党が提案する日の丸損壊の刑事罰化は、私が子供の頃に教室で目にした光景と似た緊張を日本社会にもたらしそうだ。国旗の神聖な価値、表現の自由、戦前から戦時にかけての過去の評価をめぐり、議論が交わされることになる。
法的論争の中心となるのは、日本国憲法第21条が保障する表現の自由だろう。国旗を損壊した者に対して2年以下の拘禁刑または20万円の罰金を科すという自民党案は、政府に対する自由な抗議の権利を抑圧することにならないのか。
7歳だった私が目撃した激しい応酬を思い返すと、自民党を支持する保守派が「なぜ外国の国旗のほうが、日本国内やデジタル空間で日の丸より手厚く保護されるのか」と声を張り上げる姿が今から目に浮かぶ。一方で表現の自由を絶対視する側は、グローバル化したネット時代において、国旗損壊の画像を「拡散する」行為の取り締まり基準は曖昧であり、刑事訴追への恐怖と批判的言論の萎縮を招くと反論するだろう。
アメリカには国旗の焼却・損壊を禁じる法律は存在しない。教師たちの論争は、連邦最高裁が国旗の焼却は憲法で保護される表現行為だと1票差(5対4)で判断した1989年の判決をめぐるものだった。連邦議会は同年、全米で刑事罰を導入する改正国旗保護法を成立させて司法の判断を覆そうとしたが、わずか1年後に違憲と判断された。
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【note限定公開記事】国旗を燃やす自由はあるのか──アメリカの判例が日本に示すもの
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