<「女ことば」では、なぜ「腹が減った」とは言えないのか。「女らしい話し方」は他の言語にもあるが、日本の「女ことば」には日本独自の背景があった...>

「女ことば」を手がかりに、日頃、私たちが何気なく使っていることばをジェンダーの視点から見つめなおす。ドイツ語翻訳者の平野卿子著『女ことばってなんなのかしら? 「性別の美学」の日本語』(河出新書)より一部抜粋。

◇ ◇ ◇

30年ほど前、ドイツの小説を翻訳していたときのこと。男同士の殴り合いの場面を訳しながら、わたしはそれまで味わったことのない高揚感を感じている自分に気がつきました。

「とっとと失せろ、この野郎! 貴様は疫病神だ、もとのドン底生活に戻れ!」

なんなんだ、これは! こんなこと、生まれてから一度もいったことない。なんていい気持ちなんだろう。胸がスカッとする。

これが、「男ことば」の効用に、つまりことばにおける男の特権にわたしが気がついた記念すべき瞬間でした。そんなわたしの口をついて出てきたのは──「カイ、カン!」。

そう、映画『セーラー服と機関銃』で、薬師丸ひろ子が機関銃を連射したときのあのセリフです。パソコンに向かってひとり、「カイ、カン」とつぶやいたときのことを、わたしはいまでも忘れることができません。

罵倒することと機関銃を思うさまぶっ放すことは、どこかつながっている。どちらにも、怒りを発散し、気持ちを解放することによる高揚感があるからです。

思えば、自分がそれまで文字通り吐く息のように「女ことば」をしゃべっていたことを、わたしはこのとき生まれて初めて意識したのでした。同時に、わたしのなかに小さな疑念が生まれました。

日本にはなぜ女ことばがあるの? 女ことばってなんなのかしら?

けれどもその思いは、日々の雑事に埋もれ、やがて薄れていきました。

ふたたび女ことばについて考えるようになったのは、1994年にドイツで発表されるやたちまちミリオンセラーになったウーテ・エーアハルト『誰からも好かれようとする女たち』(原題は『かわいい女は天国へいくが、生意気な女はどこへでもいける』)を翻訳したことがきっかけです。

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彼女の困惑はこのときが初めて?
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