ガザ方面で目撃された大きな爆発
ガザ方面で目撃された大きな爆発(10月7日) RONEN ZVULUNーREUTERS

まず、ハマスから考えてみよう。彼らは長く人質を交渉の材料にしてきた。

戦争のきっかけとなった2023年10月7日のイスラエル奇襲で、ハマスは251人の人質をガザに連れ帰った。それは自分たちより圧倒的に強いイスラエルも、人質を取り戻すためなら大きな譲歩をすると知っていたからだ。

イスラエルは11年、ハマスによって捕らえられたたった1人のイスラエル兵を取り戻すために、1000人超の囚人(ほとんどがパレスチナ人)を釈放したことがある。

ハマスが今回、なかなか人質を全員解放することに応じなかったのは、イスラエルからこのレベルの大きな譲歩を引き出す狙いがあったのだろう。同時に、人質を手放してしまったら、イスラエルはもっと激しくガザを攻撃するとの懸念があったようだ。

だが人質は交渉の道具として、だんだん頼りにならなくなっていった。確かに人質はイスラエルの多くの市民にとって最大の懸念事項だったが、それでもネタニヤフ政権はガザ攻撃の手を緩めなかった。人質の救出よりも、ハマスの指導者や戦闘員の殺害を一貫して優先したのだ。

9月に入り、イスラエルがガザ地区の最大都市であるガザ市に大規模な攻撃を仕掛けたとき、人質の命に危険が及ぶ恐れはイスラエルを抑止する要因ではないことが改めて強調された。

アメリカの仲介した合意によりハマスは辛うじて、人質を取ったからこそイスラエルを撤退させ、パレスチナ人囚人の解放を勝ち取ったと主張できることになった。

2年の戦争に疲れ果てて
【関連記事】