「ヒモで頭を引っぱっておくしかないわ」


 施設長の吉永清美さんが樋口さんの頭を持ちあげて怒る。
「なんで、頭をあげないの。そんなことしているから食事ができないんでしょう」
 施設長が手を離したとたん、樋口さんの頭はガクンと前にうな垂れてしまう。
「この人、ヒモで頭を引っぱっておくしかないわ」と、施設長は怒る。(167〜168ページより)

この施設長は、樋口さんの家族(お嫁さん)が訪れたときだけは別人のように愛想がよくなる。

雨の降っている外出日、停めてある車までたったひとりで歩かされ、ようやくたどり着くも足が上がらず乗り込めない樋口さんに、お嫁さんが怒鳴り声を上げる。施設長は、いつもと違った声色で「がんばれ」と応援する――。

地獄のような光景であり、非常に不快な気持ちになる。だが、もしかしたら、こういったことはどこの老人ホームでも起こりうることなのかもしれない。

身につまされるのは、なにをされても黙っていた樋口さんが著者に助けを求めたときの記述だ。


 夜、ベッドに寝かせたとき、樋口さんが「死にたいです」と言った。
 そして掛け布団を顔まで引っぱった。
「疲れたの」と尋ねても樋口さんは答えなかった。
 朝の起床時にも「死にたいです」と言った。
 施設長の吉永さんに話すと、
「前から言っているのよ。同情してほしいのよ」と言い、
「川島さん、あまり甘やかさないでくださいね。着替えも自分でやらせてくださいね」と言った。
 まずかった。
 施設長に尋ねるべきではなかった。(179〜180ページより)

樋口さんの「その後」についてはあえて書かないでおくが、ぜひとも自分の目で確認していただきたいと思う。

こうした老いの問題は、誰にも訪れるもの。つまり、樋口さんのようにはならないと断言できる保証は誰にもないのだから。

家族は知らない真夜中の老人ホームg

家族は知らない真夜中の老人ホーム
 ――やりきれなさの現場から
 川島 徹 著
 祥伝社

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[筆者]
印南敦史
1962年生まれ。東京都出身。作家、書評家。広告代理店勤務時代にライターとして活動開始。他に、ライフハッカー[日本版]、東洋経済オンライン、サライ.jpなどで連載を持つほか、「ダ・ヴィンチ」などにも寄稿。ベストセラーとなった『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)をはじめ、『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)など著作多数。2020年6月、日本一ネットにより「書評執筆本数日本一」に認定された。最新刊は『現代人のための 読書入門』(光文社新書)。

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