毎朝、ひとりで9人の面倒を見る忙しさ


 やさしい気遣いをする施設長の吉永さんもさすがに音をあげたらしく、「レビー小体だから、ほっとくしかないのよ」と言った。(40ページより)

「ほっとく」という部分だけを切り取れば、それは「虐待だ、けしからん」という極論につながってしまう可能性もある。しかし、まずはその裏側にある現実を直視しなければならない。

本書で紹介されているトピックを目にするたび、そんな思いにかられてしまうのだった。

だいいち、人手不足の環境下では、介護者ひとりの負担はあまりにも大きすぎる。例えば著者は毎朝、ひとりで9人の面倒を見ていたという。「それも普通の人たちではないのだ」という一文は、ずっしりとした重さを感じさせる。


 手足はこわばり不自由になり、脳もこわばり大なり小なり認知症である。
 次第に赤ん坊に戻っていく人たちである。
 言葉が通じない、常識が通じない人たちである。
 そうでなくても集団生活のなかでそれなりのストレスを感じている人たちである。
 その9人の人たちの起床から更衣、トイレ、洗面、ホールへの誘導、朝食の準備、配膳と目の回る忙しさである。(52ページより)

こちらの想像をはるかに超えた、とんでもないことが次々と起こる。だから読んでいても気は抜けず、「こんなエピソードが羅列され続けるまま本書は終わってしまうのだろうか?」と感じもした。

ところが終盤になって、いつもうつむいている84歳の樋口フジ子さんにまつわるエピソードが明かされると、一気に雰囲気が変わる(そして、この部分にこそ本書の核心がある)。

「ヒモで頭を引っぱっておくしかないわ」
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