「怖いっ。男が注射をするの、とても痛いの」

熊本市で歯科医を開業していたものの、脳梗塞で左半身麻痺となり、奥さんとも離婚した井上秀夫さん。

糖尿病を患っており、背中や腕にイレズミをしている(が、じつはやさしい気遣いができる)彫物師の上村辰夫さん。

ヘビースモーカーで面倒見のいい一杯飲み屋の元女将、伊藤ミネさん。

48歳ながら足腰が弱り、介助なしには立てなかった刑務所帰りの竹下ミヨ子さん。

この人々はほんの一例にすぎないが、患者さんは濃いキャラクターの持ち主ばかりである(登場人物はすべて仮名)。


「恐いです。行かないでください」
 前田さんは掛け布団を顎まで引き、小さな手でその縁を掴んでいた。
「何が恐いの。みんな居るのよ。何も恐いことなんかないのよ」
 介護者としての職業的な笑顔とやさしさで慰めた。
「男たちが、居るんです。窓の外に男たちが居て石を投げるのです」
「そ、そんなことはないよ。誰も居ないよ。安心して」
「ほらほら、石を投げるの。4、5人居る。恐いの」
 しだいに話は切迫感を帯びてきた。
「恐いっ。そこに居てください。男が注射をするの、大きな注射をお尻にするの、とても痛いの、そこに居てください。この時間になるといつも出てくるんです。誰も助けてくれないの、いつもがまんしているんです、そこに居てください、ひとりにしないでください」(35〜36ページより)

こう主張する前田さんは小柄で穏やかな性格の女性だが、幻視が現れるレビー小体型認知症なのだという。確かに介護者からすれば、対応に悩まされることだろう。幻視であるとはいえ、注射器を持った男たちが見えている本人にとって、それは「真実」だからだ。

毎朝、ひとりで9人の面倒を見る忙しさ
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