最新記事

特別講義「混迷のアメリカ政治を映画で読み解く」

トランプの「前例」もヒラリーの「心情」も映画の中に

2016年11月7日(月)15時12分
藤原帰一(東京大学大学院法学政治学研究科教授)


『デーヴ』
 1993年、監督/アイヴァン・ライトマン

 コメディ作品の『デーヴ』は、クリントン時代の政治を描いた映画としては『パーフェクト・カップル』と並んで優れた作品です。この映画に出てくる大統領役のケヴィン・クラインとファーストレディー役のシガニー・ウィーバーは、みんなに向かってバルコニーで手を振った後、部屋に戻ると即座に分かれてしまう。妻は夫に口もきこうとしない。相手にしない。「あんな女たらしのできそこないの尻拭いはたくさんだ」という訳です。ところが、この大統領が病気で倒れてしまう。大統領が女性との時間を作るために影武者をつくり、自分は女性とどこかに隠れていたんですが、この影武者が、たまたま大統領が病気になったので本当に大統領を務めなければならなくなった。同じケヴィン・クラインが大統領の役をします。

 シガニー・ウィ―バー演じるファーストレディーは、最初は夫の言うことを聞こうとしないのですが、しかし「この人、心を入れ替えたのかもしれない」「まともな人なのかもしれない」と、次第に思い始める。大統領が夫とは思えない良い政策を打ち出す。何が起こったんだろう、と。本人と会うと、そっくりではあるが本人とは違う。夫が亡くなりかけているという真実に次第に近づくわけですが、夫にそっくりのこの男にファーストレディーが恋をする、という訳の分からない話です(笑)。コメディとして上出来なのですが、これは言ってみればヒラリー・クリントンから見たパラレル・ワールド。こうだったらいいのに、という。

 ヒラリー・クリントンは人気のない政治家です。みんなを盛り上げる力が全然ない。なぜないのか。政治家としての魅力がない。頭はよほどビルよりいい。私はヒラリーがビルに会わなければ、アメリカの法律家協会の優れた会長になったと思っています。ビルに会って人生を間違ってしまった(笑)。ビルはこれに対して、喋り始めると皆さんの目がキラキラと輝く。これはさまざまな演説の映像をご覧いただければよく分かります。そして、演説を文章で読みとまるで意味をなさない。「君たち! 21世紀への架け橋に乗ってるかい⁉」「乗ってるよ!」「乗ってるかい⁉」この繰り返しなんです。人を馬鹿にした話、という気がします。

 ヒラリー・クリントンという夫に力を注いだ人生の失敗を発見した人が、大統領になろうとする。だけど、大統領候補としての人を騙す力がまるで欠けている。今回の大統領選は騙すことに長けているトランプと、騙すことのできない政治家ではないクリントンとの争い、というひどい選挙です。

結び――今回の選挙で問われているもの

 民主主義とは、国民の選んだ政治家によって行われるものです。そしてアメリカは民主政治の伝統が極めて長い国です。ただ民主政治という意味をはっきりしておかねばならない。三権分立とか法の支配といった概念は厳密に言えば民主主義というより、自由主義の流れを組んだものです。アメリカの政治の中にこれはあります。同時に、普通選挙。みんなが自分の代表を選ぶ仕掛け、これも民主主義です。

 そして、さきほどヒューイ・ロングの話でも申し上げた通り、国民から選ばれたら何をやってもいいんだ、という人が政治家になる可能性をアメリカの政治はずっと抱えてきました。潜在的な可能性です。国民の代表として独裁者を出してしまう。これはかつて、アテナイの国政においてギリシャ人が恐れた可能性です。今回の選挙はヒラリー・クリントンが優れた政治家かどうか、ということではない。問題は民主主義によってトランプという独裁を生みだすかどうかが問われている。

 それについて考える時に、どう考えてもアテナイの国政について読み直すよりは、映画を見直すほうがずっと勉強になる。こういうことで、今回の話を締めくくらせていただきたいと思います。

【参考記事】ニューストピックス 決戦2016米大統領選

藤原帰一
東京大学大学院法学政治学研究科教授。東京都出身。幼少期をNY近郊で過ごす。1979年東京大学法学部卒業、フルブライト奨学生としてイェール大学大学院に留学。映画に造詣が深い。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

アングル:「豪華装備」競う中国EVメーカー、西側と

ビジネス

NY外為市場=ドルが158円台乗せ、日銀の現状維持

ビジネス

米国株式市場=上昇、大型グロース株高い

ビジネス

米PCE価格指数、インフレ率の緩やかな上昇示す 個
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された米女優、「過激衣装」写真での切り返しに称賛集まる

  • 3

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」──米国防総省

  • 4

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 5

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 6

    アカデミー賞監督の「英語スピーチ格差」を考える

  • 7

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 8

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 9

    大谷選手は被害者だけど「失格」...日本人の弱点は「…

  • 10

    「鳥山明ワールド」は永遠に...世界を魅了した漫画家…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 10

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 3

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈する動画...「吹き飛ばされた」と遺族(ロシア報道)

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中