最新記事

英王室

アイルランド積年の相克を鎮めた英女王

2011年5月19日(木)16時39分
コナー・オクレリー

 18日午後には、アイルランドとイングランドの関係を揺さぶりかねない出来事が待ち受けていた。エリザベス女王の90歳になる夫、エジンバラ公フィリップ殿下がクローク・パークを訪れたのだ。

 8万2000席を擁するこの広大な競技場は、アイルランドのスポーツを推進する同国最大の団体「ゲーリック体育協会(GAA)」の本拠地。アイルランド人にとって忘れることのできない1920年の悲劇の舞台で、GAAのクリスティ・クーニー会長はじめアイルランド全土から集まったスポーツ界の名士たちは、英女王夫妻を暖かく歓迎した。クーニーは女王にGAAの歴史を説明し、フィリップ殿下にはアイルランドの国技、ハーリングで使うスティック状の用具を贈った。

 歓迎の挨拶の中で、クーニーは「我々すべてを傷つけた多くの悲劇的な出来事」に触れ、「手を携えて暴力と憎悪に立ち向かう」アイルランド国民と政治家の決意を表明。「今回のご訪問はGAAにとって大変な名誉です」と述べて、和平プロセスのさらなる進展につながるとの期待をにじませた。

 カトリック系組織のGAAが、北アイルランド在住のイギリス軍兵士と警察官に対するGAA主催のスポーツ大会への参加禁止を解除したのは、わずか10年前。今回も、GAA所属の有名選手の多くがスタジアムでの女王との謁見の招待を辞退し、英領北アイルランドの6郡を含むアルスター地方の9郡のうち、招待を受けて代表団を派遣したのは英領のダウン郡だけだった。

アイルランド名物のギネスビールには口を付けず

 女王の来訪に備えて、スタジアム周辺の道路は何時間も前から封鎖されたが、大きなトラブルは起きなかった。英タイムズ紙は、この訪問を「エリザベス女王の長い統治の中で最も重要な外国訪問の1つ」と表現。週刊誌のスペクテーターも、女王が「ある種の歴史をつくった」と記した。

 17日には女王の訪問に反対する数百人のデモ隊と警察がダブリンでもみ合う事件があったが、逮捕されたのは小規模な武装勢力の20人ほど。アイルランド史上最大規模の警備体制の一環で、ダブリン中心部に位置するトリニティ・カレッジなど女王が訪れる場所の周辺では、一般市民の立ち入りが禁止された。

 エリザベス女王とアイルランドのケニー首相が政府のビル内で会談した際には、20世紀初頭の独立戦争の指導者マイケル・コリンズの肖像画が2人の頭上に飾られていた。
 
 訪問のクライマックスは、18日夜に行われたマカリース大統領主催の晩餐会。デービッド・キャメロン英首相も出席した晩餐会の舞台となったのは、かつてイギリスのアイルランド統治を象徴する存在だったダブリン城だった。
 
 もっとも、18日に立ち寄ったダブリンの観光名所、聖ジェームズ・ゲート醸造所で、エリザベス女王はアイルランドのすべてを受け入れる覚悟があるわけではないことを露呈してしまった。ギネスビール製造工場の見学ツアーに参加した女王は、グラスに並々と注がれたギネスビールを、丁重に辞退したのだ。

GlobalPost.com特約

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:軽飛行機で中国軍艦のデータ収集、台湾企業

ワールド

トランプ氏、加・メキシコ首脳と貿易巡り会談 W杯抽

ワールド

プーチン氏と米特使の会談「真に友好的」=ロシア大統

ビジネス

ネットフリックス、ワーナー資産買収で合意 720億
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」が追いつかなくなっている状態とは?
  • 2
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 3
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺るがす「ブラックウィドウ」とは?
  • 4
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 5
    「ボタン閉めろ...」元モデルの「密着レギンス×前開…
  • 6
    左手にゴルフクラブを握ったまま、茂みに向かって...…
  • 7
    『羅生門』『七人の侍』『用心棒』――黒澤明はどれだ…
  • 8
    主食は「放射能」...チェルノブイリ原発事故現場の立…
  • 9
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 10
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 1
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 2
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」が追いつかなくなっている状態とは?
  • 3
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%しか生き残れなかった
  • 4
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 7
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 8
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 9
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 10
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中